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お飾り皇帝

「全国民よ、心せよ! わがスパロウ帝国が銀河を支配する日も遠くはない。今こそ一致団結し、ワーテール共和国という名を消し去ってやるのだ!」

「「「おおおっ!」」」


 ステージに上がった陛下が()()のお言葉を発する。天井から地上までのあらゆる角度からカメラが回っており、この映像がスパロウ本星の全土に流されている。

 何のためか――それは、歴代の皇帝と比較されても見劣りしないようにするためだ。


「武力無くして平和は来ない!」

「「「武力無くして平和は来ない!」」」

「進むも退くも武が頼り!」

「「「進むも退くも武が頼り!」」」


 この聞き飽きた台詞も恒例の一つ。初代皇帝が残したらしいが、今の陛下には不釣り合いだ。

 もちろんそんな言葉を発したら側近の私でも厳罰は免れん。心の中だけに留めておく。


「では諸君、勝利の美酒を楽しみにしていたまえ」

「「「ベイグルーニ様バンザーイ! スパロウ帝国バンザーイ!」」」


 演説が終わり、ステージから降りてきた陛下を迎える。熱演の後には必ずの喉の渇きを訴えるので、ワインを手渡すのも忘れない。


「お疲れ様です、陛下」

「ご苦労。んく……んく……んく……はぁぁぁ! 毎度のことながら喋り疲れるわい」


 だったら喋るなという言葉を辛うじて飲み込む。ここしばらく銀河の地図には大した変化は見られない。焦っているのだろうが、先頭に立つ者として他にすべきことがあるはずだ。


「ところでウイニストよ」

「グイニストです」

「どっちでもよいわい。大した問題ではなかろう」


 よくはない。以前にも私の本名を間違えたせいで、サインした書類が偽物だと騒いだのを忘れたのか?


「そんな事よりだな、この後の予定は会議であったか?」

「この後は――」


 この様子なら忘れているのだろう。私は呆れながらもタブレットを取り出し、午後の予定を再確認する。


()()会議で間違いありません。貴族や局長、将軍らもすでに集まっているかと」

「うむ」


 護衛を前後に挟み、会議室へと向かう。

 どうせ中身のない会議だが、定例なのだから仕方がない。


「待たせたな、皆の者」


 予定を2時間もオーバーし、堂々と入室していく。それもこれも下らない演説に過去の話をくっ付けるからだ。

 室内を見渡せば、ザッと20人ほどは居るだろうか。そのうちの何人が額に青筋を浮かべているのか、当ててみるのも面白いかもしれない。


「まずは経済局からだ」

「ハッ、ではわたくしめから」


 最初は経済局の局長だ。我がスパロウ帝国には宰相が存在しないため、実質的に宰相の役割を担っている。


「依然として経済成長は横這い。しかしながら貿易の殆どは無益に終わり、国内の活性化も望めないため、今後の上昇は見込めません」


 先月も同じことを聞いた。相変わらず海賊がのさばっており、ワーテール共和国との戦況も動かぬまま。何も変わらないのは当然だ。

 現皇帝だけは何かを期待しているようだが、ハッキリ言っておく。期待しても無駄だ。経済を回したくば戦争の早期終結、これしかないのだからな。


「次は外務局だな」

「ハハッ! 中立国との協力関係及びに敵対国への交渉と干渉ですが――」


 聞くまでもない。その時その時で共和国の代表者が代わるのだから、有益な交渉なんぞ不可能だろう。

 連合軍は比較的まともだが、共和国が潰れれば次は我が身と思っているに違いなく、協力関係を築けるとは思えない。

 中立国は中立国で我関せずだし、関わる理由なんぞ皆無だ。


「――とは思えません。中立国は中立国で我関せずですし、関わる理由は皆無です」

「うむ。では次だ」


 なぁにが「うむ」だ。本当に分かっているのか? 私が脳裏に浮かべてた内容とさして変わらんかったぞ。

 簡単に次とか言ってるし、この報を汲み取って対処を話し合うのが会議ではないのか?


「……オッホン! 軍事局局長エドガルが報告しますぞ」


 さて、問題の軍事局か。ここに予算の殆どが食い潰されているため、国庫からの資産切り崩しが続いている状態だ。まさに穀潰しという言葉がピッタリだと言えよう。


「兵器開発は……まぁ行き詰まりですなぁ。そうホイホイと出来上がったりはせんわぃ」


 偉そうに言うな。貴様の道楽に付き合ってるわけじゃないんだぞ? せめて申し訳なさそうにしろ。


「続いて物資調達ですが……こちらもまぁ、上手くいかんもんですなぁ。輸送にかかるコストがバカにならんし、どこも不足気味とくれば戦況に変化がないのも頷けますわぃ」


 フン、よく言う。貴様が兵器開発に夢中になっているのが原因だろう、このポンコツ局長が。少しは国民の血税を無駄にしているという自覚を持て。


「最後に人事編成ですが、以前召喚した少年にはいまだ特別な力は見られず――と。これは少々想定外でしたな」


 私が懸念している最大項目がこれだ。なんでも使役目的で異世界の生命体を呼び出しており、これまでに召喚した生命体も不思議な能力が備わっていたらしい。

 そう、()()()()()を持っているのだ。見事召喚に成功した局長は味をしめ、異世界生命体による戦力補強を目指し始めた。


 だが例外もあるようで、1ヶ月くらい前に召喚した生命体はごく普通の少年であり、特に戦闘経験もないという。

 本人は異世界に来たという事実で浮かれてるらしいが、不要だと判断されれば処分されかねない。可哀想なことだが。


「ふ~む……、もう少し様子見が必要か。その辺の判断はエドガルに任せよう。但し、いつぞやの女みたいな事は御免こうむるぞ?」

「あ~、あれも大変でしたなぁ」


 他人事みたいに言うな。あの時に呼び出したセイレーンという女のせいで、多くの死傷者が出てしまったのだ。

 何とかバミューダ宙域に封印して事なきを得たというに、アレの再来ともなれば悪夢に等しい。

 当然ながら、この事実はここに居る者しか知らないし、漏らしてはならない。銀河を揺るがす大問題に発展するだろうし、今以上に敵対国が増えかねん。


「ですが失敗は成功のもとと申します。数日前には強大なエネルギー反応を示した生命体を召喚できたのです!」

「「「おおっ!」」」


 強大なエネルギーというフレーズに引かれたのか、貴族や将軍らがざわつき始める。

 それを見たエドガルが得意気に腰に手を当て、満面の笑みで話を続けた。


「なんとですぞ? 偉大な研究成果である生命召喚装置が壊れてしまうほどのエネルギーを感知しましてな、これは今までの生命体では起こり得なかった事なのです!」

「ほほぅ、素晴らしいではないか! それが誠なら、あのセイレーンをも上回るに違いない。是非とも拝見したいものだ」


 待て待て待て! セイレーンより強いだと!? もしも言うことを聞かなかったら大惨事になるぞ!


「して、その生命体とやらはどこに居るのだ?」

「それがですな、どこに召喚されたかが全く分からんのですわぃ」



「「「……は?」」」


 初めて陛下とハモった気がする。それだけ衝撃が大きいのだ。

 あのセイレーンだけでも1000人近くが犠牲になったのだぞ!? なのにどこをウロついてるのかすら分からんとは、この男には危機感というものがないのか!


「だ、大丈夫なのか? 万が一にも我が帝国に牙を()けば、想像を絶する被害が出るやもしれんぞ」

「なんのなんの、落ち着いてくだされ陛下。もしも帝国に(あだ)なしているのなら、すぐに情報が上がっているはず。その報せがないという事は、非常に理性的であると考えるべきでしょうな」

「う、うむ……確かにそう……かも……」


 おいおい、丸め込まれてどうする。【理性的=敵対しない】という方程式は成り立たないのだぞ? むしろ油断させるために沈黙しているかもしれないというに、のんびりしてる場合か!


「ワシの方でも場所と外見の特定を急ぎますゆえ、その点はご安心ください」

「うむ。この件はエドガルに一任しよう。以上で会議を終え――」

「お待ちください!」


 陛下の声を(さえぎ)ったのは、反皇帝派という裏の顔を持つグラシオール公爵だ。


「陛下、これは一大事ですぞ? 未知の力が我が国へと向けられるやもしれんのです。それを局長1人に任せると仰せですか?」


 まったくもってその通りである。全力をもって所在地と詳細を突き止める必要があるだろう。それも早急にだ。

 しかし陛下はどこ吹く風とばかりにアクビをすると、面倒臭そうに公爵を睨む。


「そんなもの、エドガルが詳しいのだから任せておけばよかろう」

「し、しかし、セイレーンの二の舞が起こるとも限らな――」

「しつこいのぅ。私が良いと言っておるのだ、そなたは黙って見ているがよい。よし、では会議を終了するぞ」


 あ~あ、とうとう終わっちゃったよ。これじゃあ会議ではなくただの報告ではないか。何のための会議なのかと小一時間問い詰めたい。

 それにグラシオール公爵。真面目な御方だけに、今の皇帝とは馬が合わないようだ。

 もしも彼がクーデターを起こせば、帝国の半数が寝返るのではないか? 求心力の失った皇帝など只の飾り。かく言う私も、寝返る1人になりそうだ。

 

これにて序章を終わります。

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