指揮官の受難
民間船を救出した次の日。戦闘がなければこれといった出来事もなく、私を含む殆どのコスモエリートは自由に過ごしていた。
緊急時に備えて待機している数名を除いてだけどね。
「あ~退屈だ~~。な~んか面白いことないかな~。……チラッ」
「そんな目で見ても遊ばないからね? 見ての通り機体のメンテしてるんだから。あとわざとらしくチラッ――とか言わない」
アイカと融合した機体は私にしかチューンナップができないし、暇な時は格納庫でスクリーンと睨めっこよ。
「リズィも暇ならトレーニングでもすればいいじゃない」
「ダルいからパス」
「なら一人で遊んでなさいよ。それかセレンに相手してもらいなさい」
「それがさ~、急に不機嫌になっちゃって近寄りがたいんだよね~。冗談でも年齢を茶化したのがいけなかったかな~」
呆れた。あれほど年齢には触れるなって言ったのに……。
「セレンちゃんもどっか行っちゃったし、フレディアちゃんとかも指揮官に夢中だしで暇なんだよね~。チューンナップも適当に切り上げてどっか遊びに行こうよ~」
「暇なならトレーニングでもすればいいじゃない」
「ダルいからパス」
そして日常は繰り返す――って、さっきからずっとこの調子よ。
「セレンがダメならGAに相手してもらいなさいよ」
「でもGAってばマシェリーとその家族にすっごい気に入られててさ、普段着からパジャマまでオーダーメイドで作るとかで、職人を自宅に呼んだらしいよ。しばらくは解放されないんじゃないかな~」
どうやら着せ替え人形にされてるらしい。まぁそっちはそれでもいいか。眷族たちには私が居ない時にセキレイを護ってもらおうと思ってたし、馴染んでるなら都合がいい。
「……で、まだ終わんないの? いい加減待ちくたびれたんだけど?」
「あ、ゴメン。もう少しかかりそう――って何で私が謝んなきゃならないのよ。こっちはDPのやり繰りで大変なんだからね」
この世界に飛ばされた影響で貯めたDPが0になってるのよ。せめてイグリーシアに残したDPを持ってこれれば苦労しないのに。何せ桁が兆を越えるから何をしても困ったりはしなかったのになぁ。
「DPが何なのか知らないけどさ~、こっちは暇をもて余してんのよ。早く終わらせて遊びに行こうよ~」
「だからまだ無理だっての」
「ブーブー、アイリのケチ――ん? んんんん!?」
何かに気付いたのか、リズィが私の機体をマジマジと見つめる。
「この機体、何だか大きくなってない?」
「やっぱり気付いた? チューンナップで大きくしたのよ」
今なら6人くらいは乗れるわね。格納庫に収まらなくなったらセキレイの外に置かなくちゃだけど。
「……そんな簡単にできるの? しかも短時間でとか聞いたことないけど」
「なってるじゃない」
「普通できないから! ――あ~そっか。誰かさんは普通じゃなかったね……」
「……誰のことよ?」
「アイリだよアイリ、ア~イ~リ! 自機をデカくしたり、単機で海賊沈めたり、思春期の女の子に眷属がいるとか、普通ないから!」
「眷属じゃなくて眷族ね」
「どっちも変わんないから!」
う~ん、今から言っとくべきかな? このくらいは序の口だって。いずれはセキレイよりもデカくして――――ん?
「キ、キミたち、ちょうどいいところに!」
全力疾走で現れたのは、毎度お馴染みのイケメン指揮官――シモザワさんだった。
「あれ? 指揮官じゃん。そんなに慌ててどったの?」
「お、大勢に追われてるんだ! すまないがここに隠れてることは黙っててほしい!」
言うや否や、私の機体に乗り込んできた。
「ちょ、これ、私の機体! それに追われてるって、いったい何をしたの!?」
「いや、ボクは何もしてないよ。彼女たちが追い回してくるんだ」
そういって格納庫の出口を必死に指す。何だかな~と視線を移すと、まるで騎馬隊が迫ってるかの勢いで埃を舞い上げ、大勢のコスモエリートたちがなだれ込んできた。
「指揮か~ん、どこ~?」
「ここに入ったのは間違いないわ!」
「ああ、未来の旦那様。出てきてくださいまし」
「フフ、あちきからは……逃げられない……」
「出てこいやぁ!」
見た感じ、殆どのコスモエリートが集結してる気がする。ちゃっかりフレディアまでいるくらいにして。
これ、私の機体に隠れてるのがバレたら大変なことになるんじゃ……。
「指揮官ってばモテモテじゃ~ん。良かったね、結婚相手に恵まれて」
「茶化さないでくれ。本当に困ってるんだから」
「でもさでもさ~、そんなにモテてるなら誰かと付き合っちゃえば? そうすれば追われることもなくなるし、恋人もできるしで一石二鳥っしょ~?」
「そ、それはできないよ! ボクには――」
「「ボクには?」」
「あ……い、いや、え~と……」
尻すぼみした指揮官を目の当たりにし、私とリズィは顔を見合わせる。何かを隠してるのは間違いなさそう。例えば……
「すでに恋人がいる――とか?」
「!」
「うんうん、ウッチも同じこと考えてたよ~。もしくは結婚してたりとか~」
「そ、それは……」
「結婚してるんなら子供がいてもおかしくないわね」
「こ、こ、こ、子供……」
「わ~お、アイリってばそこまで言っちゃう~? だったらさ~、実はコスモエリートの中に実子が居たりなんかして~」
さすがにそれは洒落にならない。どう見ても20代前半だし、何歳で子供できたんだって話になってくるもの。
「…………」フルフルフル
あ、あれ? 小刻みに震えてるような……
「あ、あのさ指揮官。冗談で言ったつもりなんだけど、もしかしてウッチらの言ってる通りだったりとか……」
「違う違う、断じて違うから!」
「ホントに~?」
「本当だとも。それにボクには心に決めた人が――――あ」
指揮官が「しまった!」――という顔を作るも、時既に遅し。片想い中という事実が判明しちゃいましたと。
「……あ~~コホン。指揮官さ~、茶化したウッチが言うのもなんだけど、それならそれでキチンと公言したら? そうすれば他の子も諦めたりすると思うんだけど」
「いやいや、せっかくの好意だし冷たくあしらうのも気が引ける。何とか彼女たちが納得できる形に収めたい」
そこで躊躇してるようじゃ納得させるなんて無理でしょ。むしろハッキリと言ってやった方がスッキリすると思う。
「これは指揮官の問題だから強くは言わないけれど、そんなこと言ってるうちは円満解決なんて無理よ?」
「うぅ……やはり無理だろうか。できれば彼女に迷惑をかけないように――」
「アイリ~、指揮官見なかった?」
っとマズイ、いつの間にかフレディアが近くに! 匿ってるのがバレたらトバっちりを食うじゃない。上手く誤魔化さなきゃ。
「……指揮官? 見てないわね」
「そうなの? 格納庫に入ったのを見たんだけど、おかしいわねぇ」
キョロキョロと周りを見渡し始めたので、機内を見せないよう然り気無くガードする。
指揮官はというと、身を縮ませて口に手を当てながらも器用に✕印を作っていた。そんなことしなくても分かってるわよ。
「見間違いじゃないの?」
「フフン、それはないわ。私たちが指揮官を他の誰かと間違えるなんて有り得ないもの」
これはしんどいなぁ。なんとか誤魔化す方法を……
「あ、そういえば!」
「リズィ、何か知ってるの!?」
「うん。少し前に司令に呼ばれてたような気が――」
「うっわ、最悪。今日はもう解散ね……」
偽情報に惑わされ、フレディアを含むコスモエリートたちがトボトボと去っていく。司令が苦手な子が多そうだもんね。
「ふぅ、助かったよ。しばらくは指令部に隠ろうかな……」
「またそんなこと言って。キチンと話さなきゃずっと今のままじゃない」
「そうは言ってもだよ、話したところで彼女と険悪になるのが目に見えてるし、それで規律が乱れてしまえば懲罰隊送りにされかねない」
懲罰隊とかいう嫌なフレーズが出てきたわ。
『アイカ』
『はいはい、懲罰隊ですね。素行不良や罪に問われた軍人たちが放り込まれている部隊で、スパロウ帝国本星に近いジェイラーという惑星に収容されてるようですね。上官からの命令無視なども含まれるため、冤罪で収容されてる者も多いとか』
無茶な命令を拒否して――って感じね。いかにも有りそうなパターンだわ。
『ジェイラーには敵の捕虜も居り、帝国による監視体制は強固。脱出は極めて困難で、一度放り込まれたら二度と出られないとも言われております』
私が放り込まれても自力で脱出できるし、機会があれば見てみたいものね。
「それでさ~、指揮官が想いを寄せてる人ってどんな人~?」
「……元コスモエリートの女性だよ。今は別の艦星で司令官を勤めてる。ボクがコスモタクターになる前は彼女もまだコスモエリートでね、当時は共に戦場を駆け回ったもんさ」
どこか懐かしむように目を瞑る指揮官。相手が司令なら目上になるのかな?
「あっちゃ~、こりゃ厳しいね~。指揮官が惚れるくらいだから美人さんなんでしょ? すでに他の司令官や将軍なんかの手に落ちてたりして……」
「リズィ、また余計なことを――」
「…………グフッ!」
「ちょ、指揮官!?」
口から泡を吹いたかと思えば目がグルングルン回ってるし、明らかにヤバそう。
「ほら、しっかりして指揮官。まだそうと決まったわけじゃないんだから」
「そうかな~。ドラマとかでも多そうだよ? 出世したきゃ俺のものになれ~ってやつ。司令官になれたのも案外……」
「うえぇぇ……ウップ!」
「ちょ、指揮官、ここ私の機内! 吐いたら簀巻きにして宇宙に放り出すからね!? リズィもいい加減なこと言わない!」
まるで泥酔状態に陥ったサラリーマンみたい。こんな情けない姿は他のコスモエリートには見せられないなぁ。
「すまないアイリ君。ボクには衝撃が強すぎて……うっく!」
「待って待って待ってってば! ここで吐くのだけは――」
フィキーーーン!
【宇宙魔力の検出を確認。眷族を解放できます】
いくらなんでも嫌過ぎるでしょ。なんだってこのタイミングなのよ……。
【召喚したい眷族を一体のみ選んでください。選択権は貴方です】
「え……な、なんだい、この頭の中に響くメッセージは」
「私の眷族を召喚できる条件が整ったのよ。指揮官の脳裏に名前が浮かんでるでしょ? そこから好きな眷族を選んじゃって」
「眷族を? それってGA君のような存在ってことかい?」
「そうね。見た目は様々だけど、頼りになるのは間違いないわ」
「分かった。それなら……」
【選択完了。召喚座標承認。召喚に移ります】
さぁて、ゲロ吐きそうだった指揮官が選んだのは……
シューーーン!
【ホークの召喚に成功しました】
「んん? なんやここ――ってアイリはんやないかい!」
「久しぶりね、ホーク」
関西弁を喋る赤髪の青年が指揮官の後ろに召喚された。ただし、これは人化した状態であって、正体は……
名前:ホーク
性別:男
年齢:???歳
種族:ワイルドホーク
階級:Bランク
備考:お調子者でわりと単細胞。単純バカともいう。風魔法が得意で、人化を解くと巨大な鷹へと姿を変える。
ご覧の通り、鳥形の魔物よ。
「キミがアイリ君の眷族……」
「ホークって言うんや。よろしゅう頼むで! それよりあんさん、なに辛気くさい顔しとんのや。ワイでよかったら話を聞くでぇ?」
「実はカクカクシカジカで――」
「ほ~ぅ、そりゃ難儀やなぁ」
なぜか意気投合し、格納庫から立ち去っていく。
「あの2人、どっか行っちゃったけど、放っておいてもいいの?」
「あのまま指揮官から説明してもらうわ。その方が手っ取り早いもの」
それよりちょっとワクワクしてきた。コスモエリートやコスモタクターを小型艦に乗せると、条件付きで眷族を召喚できるってことがほぼ確定したわ。今後も他のメンバーで試してみよっと。




