手紙と思惑
「すみません、ラッセルさん。これを郵便局に出してきてくれませんか?」
家族に会いに行ったらという彼の提案を断り、代わりに彼らに手紙を認めたガーネット。
ラジルからもらったレターセットは流石に貴族様御用達の高級品とあって、他愛のない内容さえもどこか厳かな雰囲気に変えて見せた。その一方で……あまりの高級感故に、綴られた自分の字が却って情けなく見えたりするのが、玉に瑕だったりする。
兎にも角にも、そうして書き上がった手紙にきちんと封蝋を施して、初日に自分を馬車で運んでくれていたラッセルに手紙を出してもらえるように手渡す。
「かしこまりました、奥様。確かにお預かりいたしましたので、郵便局に出しておきますよ」
「えぇ、よろしくお願いします。そう言えば、少し疑問だったのですけど。ラッセルさんは毎日、どこに行かれているのですか? 誰かを運んでいる様子もないですし……」
「あぁ、特に決まった相手を運んでいるわけではないのですが……ほら、ブライトフィートはとても広いでしょう? こうして領内を一通り回るように馬車を走らせては、足が必要な方を運ぶついでに、ラジル様の代わりに領内の様子を見て回っているのですよ。ご本人も自分が出かけられればいいのだけど、と仰ってはいますが……そればかりは仕方ないでしょうね」
「そう、だったのですね……」
「えぇ。それでは奥様、そろそろ行ってまいります」
「はい、行ってらっしゃい!」
そうして朗らかにラッセルを見送ると同時に、ラジルの現状に胸を痛める。きっと本当は自分の足で確かめられればいいのだろうが……必要以上に自分の外見に配慮と拒絶を示す彼には、果てしなく難しいことなのだろう。
しかし、そんな外出が苦手なはずの彼の屋敷は、今は大勢のお客様がお見えになっていて。あと数日の我慢だと聞かされてはいたが、彼らの横柄さは目に余るものがあった。
お客様相手に連日の朝食や夕食の時間も、おもてなしに忙しいラジルの困憊具合が気に掛かる。腰あたりがよく、全てにおいて遠慮がちなその性格が現状では裏目に出ているというより他ないのだが……終始そんな調子なものだから、必要以上に傷ついていやしないかと、ガーネットは深い憂慮のため息をつく。
そんな事を考えながら相変わらず広い廊下を進むと、向こうに貴族様達の一団……ディミトリ含む……がお話に花を咲かせているのが、イヤでも目に入る。何も、こんなところで話し込まなくてもいいだろうに。その前を素通りできたらとも思うが、流石にお客様を無視するわけにはいかないと、社交辞令程度の挨拶をしてみるガーネット。
「おはようございます。皆様、昨晩はよく眠れましたか?」
「おやおや、これはこれは、奥様ではありませんか。おはようございます」
「おはようござます、ガーネット様。それにしても……奥様お1人で、何をされていたのです?」
「えぇ、手紙を出そうと馭者にお願いしてきたのです」
「ほぉ、お手紙ですか?」
ガーネットとしては正直に答えただけなのだが、どうやら彼らは「手紙」のキーワードに興味を唆られたらしい。あまり彼らとは関わりたくないのだが、表情を見る限り……別の含みを期待しているのが透けて見えるのが、妙に腹立たしい。このまま放置しておけば、好き勝手にありもしない事を言いふらされるかもしれない。
「……誤解のないように申し上げておきますと、手紙は私の実家宛です。こちらで良くしていただいているので、心配はいらないと……ただそれだけの内容ですから。皆様の話題にして頂くにも、つまらない些細な事でしょう」
「そうなのですか? フゥン? なるほど、ねぇ……」
誤解のないようにと先回りして答えた内容でさえも疑わしいと、まるでガーネットを取り囲むように顔を寄せてくる4名様。どことなしか、逃げ道を塞がれた気がするが。彼らにはガーネットにこれ以上、何の用があるというのだろう。
「それにしても……ディミトリ様が言っていたことは、正しかったようですな」
「でしょう? こうも純粋だと、手元に置いて磨いてみたくなるとは思いませんか?」
「確かに! 素材も悪くないみたいですし……実にいい」
「そうそう。奥様、いかがです? この後、親睦を深める意味でも私達と一緒にお茶でも……」
「すみませんが、私はラジル様の所に戻る途中なのです。……お茶は彼と一緒に頂きますので、道を開けてください」
「おやおや、お茶と一緒にゲストをもてなすのも、奥方のお役目でしょう。それをお断りになるなんて……」
「……相手を不躾に品定めなさるような、無礼な方々をお相手できる程の躾を私は施されていません。ご一緒してもきっと互いに不愉快な思いをするでしょうし……この先のお茶は皆様で好きなだけ存分になさってください。失礼いたします」
いよいよ我慢もできぬと一方的にそう言い放ち、同時に半ば強引に輪から脱出するガーネット。そうして振り向く事もなく、足早に立ち去る彼女の背中を茫然と見送った後に……彼女に確かに侮辱されたのだと気づくと、ディミトリ以外の3名様がめいめい顔を真っ赤にし始める。
「な、なんですか、あの態度は!」
「折角、少しでも化物から引き離してやろうと、親切にしてやったのに!」
「……仕方ないでしょう。聞けば、彼女はブライトフィートの領内にある農家から、仕方なく嫁いできたそうですよ? ……畑育ちのじゃじゃ馬娘には、我らの深淵な親切心は理解できないのでしょう」
「しかし……ディミトリ様はよく平気でいられますね? あの小娘は我らを無礼だと罵ったのですよ⁉︎」
「その位の方が躾甲斐があるというものですよ。……ますます興味深い」
未だに腹の虫が治らぬ3名様の愚痴と不服を聞き流しながら、心の中で舌舐めずりをしては……ガーネットに狙いを定めるディミトリ。
(……面白くなってきた。父上と相談して……私は花嫁の方を頂くことにしようかな? )
気づけば、目の前の3人の話題はガーネットへの不満から、ラジルの姿に対する悪口に変化していた。そんな滑稽にすら思える彼らを横目にディミトリは1人、横暴な思惑に心を躍らせる。
冬が来れば、かのアオヘビ伯爵は長い長い眠りに就く。その間に……全てを奪ってみるのも、一興だろう。