青空と自由
「こら、ルビア様! つまみ食いはいけませんと、何度も申しているでしょう⁉︎ 大体、そんな焼く前の状態で食べたらお腹を壊してしまうでしょ?」
「えぇ〜? だって、ルビアお腹すいた……リリシー、ご飯まだ?」
「もう、仕方ありませんね。……ビスケットを1枚特別に差し上げますから、見つからないようにして下さい。特に……奥様とメルシャ様には内緒ですよ?」
「うん! ありがとう!」
内緒のおやつをエプロンのポケットから取り出して、ため息と一緒にルビアに手渡すリリシー。そんな特別待遇を嬉しそうに受け取って、母親譲りの赤毛を揺らして走り去っていく小さなお嬢様の背中を見送る。その背中が廊下の先を曲がったところまで見守って……リリシーはやれやれと、夕食の準備に取り掛かろうと厨房へいそいそ戻っていった。育ち盛りの上に、活発なルビアはすぐにお腹が空いたと食事係のリリシーに交渉する術を覚えてしまったらしく……いけない事とは思いつつ、あまりの可愛さについついリリシーの方も甘やかしてしまう。
(お嬢様もあんなに大きくなって……本当に時が経つのは早いわぁ……)
あの追放劇から、そろそろ5年。ブライトフィートを捨てたせいなのかは分からないが、少なくともその地にいない限りは因果を背負う必要もないという事なのかもしれない。
次の春に人としての姿を取り戻したラジルは、伯爵としての地位こそ失いはしたものの……持ち前の思慮深さと元貴族の教養を武器に、程近い街で大学教授の職を得てからは忙しくも充実した毎日を送っていた。もちろん、メルシャやリリシー達には貴族ではなくなった彼の屋敷で働く義務は既にない。それでも……妻子だけではなく、彼らさえも変わらず養おうと身を粉にして働くラジルを少しでも支えようと、彼らは彼らで別口で働きに出たり家事を手伝ったりと……それなりに肩を寄せ合って暮らしている。
確かに以前に比べれば今の生活は貧しいのかもしれないし、贅沢も言えなくなったのだろう。それでも間違いなく幸せなのだと、窓から見える青い空を見上げては……リリシーは誰に向けるでもなく、微笑む。
「さて。腹ペコのお嬢様のためにも、お食事を準備しないと。あぁ、忙しい、忙しい」
長かった因果からようやく解放された元伯爵様とその家族は、約束された豊穣も栄華も失うことになったが、それと引き換えに取り戻した自由を大いに満喫していた。
何もかもが「普通」に戻った彼らにとって、この先の自由ももしかしたら苦難の連続でもあるかもしれない。それでも、ごくごく「普通の自由」さえもなかった彼らにとっては苦難さえも、綺麗な思い出になって残り続けていく。その証拠に……かつては家主がアオヘビ伯爵なんて呼ばれていた思い出さえも、今では柘榴石の鮮やかな色を添えられて。彼らには一層、綺麗に輝いて見えるのだから。




