【5話】事件
読んでってー
「うん、20針縫ったね。」
長瀬は貴重な物資を使わざるを得ない状況に叫びたい気分になる。
ちなみに長瀬には医療経験が一切ない。
それでも問題ないのが〈オーバー・10〉の便利なところだ。
それっぽい感じにつないでおけば、綺麗につながるもんだから、今度練習台にさせてと言おうと思ったのは内緒である。
「ああ何度もすまんな。」
千里丘はなぜ謝っているのか理解できなかった。
ただ流れ的に謝罪したのだが、そもそもコイツが原因だったのではないかと考えたのだが、もうめんどくさくなってしまって言及するのをやめる。
千里丘は腰掛けていた岩から立ち上がり、未だに『ぐふぇふぇふぇ』と奇怪な声を発しながら倒れている鬼の主人のもとへ歩く。
周りに集まっていた鬼達は申し訳なさそうに軽く会釈をしてくるのがとてもシュールである。
俺はなんだかいたたまれない気分になってしまい、自分専用枕を抱える長瀬を急かしつつ、逃げるようにその場を離れることにした。
正直な話、鬼の主人の異様な進化について問いただしたかったのだが、できれば日が高いうちに進んでおきたかったので断念することにした。
もっと面倒なことに巻き込まれそうな予感がしたためでもある。
こうして千里丘らは危機を脱したのであった。
ーーだがまあ、そう簡単にいかぬのが世の常である。
***
少し歩いた山の中腹辺りにて、その事件は起きた。
それは爆音。
山が揺れる程の衝撃、加えて土石流。
千里丘は長瀬を脇に抱えて全速力で跳ねるように山を降りる。後ろを振り返る余裕などなかった為に、原因は不明だが、背中で熱を感じた。
つまりなんらかの兵器による爆発。と、ここで思考を排除する。
そんなことを考えている場合ではない。
肉薄する土石流は勢いを増す。
長瀬は知識を除いてはただの一般人であるが為に、所々で休憩を取っていたのが功を奏した。
その休憩場所というのが山の中の研究所への入り口である。
千里丘はその口を広げている暗闇の中に身を投げた。刹那、入り口は土石流により完全に封鎖される。
***
ここは吹き飛ばされた山頂。
いまだ燃える山頂にて、鬼達の肉塊の中で赤髪幼女は目を覚ます。
『ダァーーー!うるせぇーーー!』
目覚めが悪そうに叫ぶ。
しかしそれを聴くものはいない。
皆、土石流と共に流されたか、爆発に巻き込まれミンチになったかの二択であるからだ。
生き残ったのは特殊個体である鬼の主人だけであった。
しかし主人は悲観することはない。
『まぁ、弱いコイツらが悪いよな!がははははは!』
それが鬼の考え。死んでいったもの達も同じ考えであったに違いない。少々不謹慎ではあるがその通りである。
それが暗黙の了解ならば尚更だ。
鬼の主人は歩き出す。
見れば衣服は焼け落ちたようだ。
体の傷は癒えても服は元に戻らない。
不便よなぁ~とつくづく思う鬼の主人であった。
***
男は山の麓に到達した。
見ると大規模な土石流が発生したようで木々が薙ぎ倒され山の表面があらわになっている。
自分の記憶が正しければ、この山には研究施設があった筈だ。
もしかすると生存者がまだ取り残されているのかもしれない。
自らの心が正義に染まりかけた時、男は自嘲にて考えを吹き飛ばした。
「助けたからといってどうなる。助けたからって当てはあるのか?いや、ない。この研究所の方が安全に決まっている。」
そんなこと誰が考えてもわかる。今自分が行けば必ず邪魔になるだろう。そう考えると少し寂しい気持ちになった。
「そうか、俺は寂しかったのか。」
滑稽であった。
自らの采配によって壊滅したのに贅沢な願望を捨てられずにいる。誰かが自分の事を求めていると錯覚している。そう願っている。
滑稽だ。
何もできもしないのに、何かを成そうとしていた3年間が無駄であることに今更気が付いた。
日根野という人間はここで人間である事を諦めた。
すなわち死を待つだけの存在、廃人へと成り下がったのだ。
力なく倒れ伏した男の目の前には壊れた家屋。
人に使われなくなって役割を終えた遺物。
それらですら自らの現状を受け入れているのに自分は一体何をしているのだろう。
男の意識はここで途絶えた。
***
本当に幸運だった。
それは灯だ。
もし、電気が通っていなかったら、暗闇の中を進む羽目になっていたのだ。
そんなもん何日あっても抜け出すことはできない。
千里丘らはこの薄暗い通路を急ぐように歩いていく。
一刻も早くこの施設から抜け出さねばならないからだ。何故なら、土石流を回避するために、全ての荷物を放り捨てたからだ。
無論、鬼の集落から掠め取った飲食物もだ。
つまりココに長居すれば、確実に餓死する。
ここに留まれるのは最大で3日。これ以上は長瀬の集中が保たない。
さて、そんなこんなで早2日。
そろそろ、しりとりのネタも尽きてきた頃であっただろうか、人間のすすり泣く声を聞いたのは。
可能性はないこともない。それは2つの可能性。
1つ目は鬼の住処の真下にて身を潜めていた千里丘達よりさらに下で隠れていた人間。
2つ目は罠。おびき寄せる系のファンタズマが住み着いているという可能性。
1つ目ならばそれはそれで構わないのだが、2つ目の場合、千里丘たちは完全に後手に回る。
しかし前者である可能性も自信を持って否定できない。いや、まぁ、できるけども。。。
長瀬ならば躊躇うことなく無視しただろうが、千里丘はそれができない。
初めて神に殺されかけた時は誰も助けには来てくれなかったという経験を持つが故である。
よって見捨てるなどという選択肢は存在しない。
今この状況で人が増えると明らかに荷物になる。
そんなことは理解している。
しかし、千里丘は優しすぎるのだ。
千里丘が過去に救ったとされる天王寺道春。
千里丘は彼のことを忘れていた。それほどまでに当たり前の行為。
それを今ここで発動しない訳がない。
結果、やはり後者が正解だったようだ。
しかし、正確には違う。人間もいたようだ。いるのではなくいたのだろう。通路の行き止まりには人の髪や骨が散乱している。食べても美味くはない部位なのだろう。
その女、いや、C級ファンタズマ【泣婆】は新たな餌が来たと、ケタケタと笑う。
それを良く思わない千里丘は無言でファンタズマの首を手刀にてへし折る。
その目には慈悲などという希望はなく、を潰すという、なんの感情も含まない。
バケモノは泡を吹き、ピクピクと地面を跳ねる。動きは人間だが、騙されてはいけない。
鼻からはヘドロのような見た目と匂いの体液が垂れる。嗅ぎ慣れていなければ確実に嘔吐するだろう。
所詮はファンタズマ
千里丘らは来た道を戻り、嫌なものを見たと、愚痴を言いながら別の道で上へと昇る。
まだ設定説明