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ラブカクテルス その92

作者: 風 雷人

いらっしゃいませ。

どうぞこちらへ。

本日はいかがなさいますか?

甘い香りのバイオレットフィズ?

それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?

はたまた、大人の香りのマティーニ?


わかりました。本日のスペシャルですね。

少々お待ちください。

本日のカクテルの名前は色々でございます。


ごゆっくりどうぞ。



私は鏡を見ている。

なぜだ。

なぜ人ははげるのだろうか?

しかも全員ではなく、決まった人だけ。

そして私は、じれったい育毛剤を頭に塗りたくった。



私は化学者である。

そしてこの頃ハゲてきてしまった。

おわかりか。

このハゲで苦しむ悩みの深刻さを。

だから私は研究し、とうとう絶大な効き目のある薬を発明することとなった。

名付けて薔薇色育毛剤。

これまでのあんなジレッたい、効いているのかどうかわからない育毛剤とは訳が違う。

しかしそれが出来上がるまでの道のりは半端な事では済まないくらい、苦労の連続となった。


研究の際に色々とアサッた書物の中で見つけた、チョン切ってもチョン切っても、半日程すれば元のように生えてくる、南国ジャングルに生息するニョキニョキの木。

この根っこに私は注目したのだった。

険しいジャングルに自らを危険の中へ身を投げ出して、勇敢にかつ迅速にその木、ニョキニョキの木の根を採取して、もらい、そしてそれを煮るなり焼くなり煎じるなり、蒸すなり干すなりいぶすなり、させて、試作に試作を重ねてあらゆる角度からそれらを分析、に出して、取りあえず幾つかに絞るところまではやらせた。

さて、動物実験ではどうだったかというと、この資料からすると先ず、毛を剃ったマウス、つまりはネズミで出た反応は、素晴らしい事に背中を退け反らした瞬間、体毛の三倍、いや、五倍にはなる長さの毛がいきなりニョキニョキと生えてきたとある。

その後はまだ観察中か。

次はドッグ、つまりは犬であるが、犬は体の面積がマウス、つまりはネズミだが、それより大きいので、体の部位ごとの結果が書いてある。

それによると、背中や足、腹はネズミと同じくとても長い体毛が、激しい鳴き声と身震いの後に生えてきて、問題の頭は少し遅れて、まるで草が芽を出すように優しく生えたそうだ。

そしてこちらも調査は続行中と。

そして問題の太郎。

これは言わずと知れたサルである。

太郎には頭だけを剃った状態で実験が行われたらしい。

その結果はドッグ、つまりは犬と同じく、サラサラした木の芽のような髪、いや体毛だろうか?それが生えてきて、かなり順調な経過を延ばしているとある。

うむ。

しかし私は思うのである。

マウス、つまりはネズミも、ドッグ、つまりは犬も、太郎、つまりはサルも、それらはハゲではなく、剃られたのだ。

そもそも動物にハゲがいるだろうか?

外敵や気温などの環境に耐える術である体毛がなくなった動物はきっと即、命取りとなるに違いない。

人間は進化の過程であらゆる体毛が不要となり退化した。

動物はその必要がない。不要ではない訳である。

だからそれがハゲに効く薬かどうかは、人間でないと試せない。

私は我慢した。

何かいい方法、その結果を試せるいい方法が見つかり、そして実用にできるまでの間はなんとかハゲを隠そうと、カツラらツケゲ、マッサージや育毛剤。

しかしもう無理だ。

薬で元に戻したとしても気付かれずにやるにはそろそろ限界がきている。

こればかりは誰に命じても実験に協力してくれるドナー、つまりは人間がなかなか見つからない。


仕方ない。

私も博士号を持つ大学名誉教授の一人だ。

最後の結果くらいは自分の力でやってみるか。

どうせ失敗したところで、このままいったとしても先は知れている。

どうせならハゲてすっきりするか、成功するかのどちらかというので男らしく行く方がいいだろう。

私は覚悟を決めた。

ふーぅ。

私は覚悟を決めた。


明日にすることとした。



その日はよい天気だった。

なぜかいつもより空が高い感じがする。

暑くもなく寒くもない。

本当によい天気だ。

今日はやっぱり研究所に行くのはやめようかな。

何もこんな外が気持ちいい日に研究なんてしなくても。

しかし洗面所に立った瞬間、

頭よ。なんで私なのだ。

鏡の向こうの私の目には光るものがあった。


重い足はやっとの事で研究所の玄関を踏んだ。

私はもうすでに用意を整えて待っている助手達に念入りにシステムの確認をさせながら、もし少しでも疑わしき事があれば即中止にするつもりだと告げたが、助手は全て異常なしだと、胸を張って言った。

何かあったらお前のせいだからな。

いや、もしミスるような事があれば頭の、お前の頭の上の髪の毛を一本残らずムシリ取ってやる。

いや、皮ごと剥いでやるから覚悟しろ。

笑っていられるのも今のうちだからな。

私はそう助手に目で訴えると、実験が行われる特別なガラス張りの部屋に入り、その中央にある椅子に腰を掛けた。

マスクと手袋をして、全身白衣で身を包んだ助手は、まるで手術でもする医者のように堂々として私の前に立つと、それでは行きますと例の薬にハケを浸けて、ためらいもなしにそれを私の頭めがけて塗りまくった。

私は体に力を入れて歯をくいしばった。

そして神に、いや髪に祈った。

どうかフサフサに、フサフサの元の姿に戻ってくれと。

しかししばらく待ってみたものの、頭には何の変化も、あっ!

いきなり頭皮がスースーしてきた。

まるでハッカが口に入った時のようだ。

するとそのスースーは次第に激しさを増したかと思うと痛みへと変化し、私は頭を押さえようとした瞬間、助手の言葉に動きを止めた。

見事に生え始めましたっ。

私は痛みを忘れ、手渡された鏡に顔を突っ込むようにして覗き込んだ。

するとそこには、まるで秋風に吹かれれる草原のような髪が、私の頭を被っていた。

素晴らしいっ。

私はヒリヒリと頭に残る痛みを感じながらも、その感動に酔いしれた。

そして試しにその髪を少し引っ張ってみたが、確かに自分の頭から髪が生えている事を確認すると、思わずその場を立ち上がり、大声で歓声を挙げてしまったのだった。

その内痛みもだんだんと和らぎ、私は確固たる成功の実感を拳に握った。



次の日の朝はいつもよりも早く目が覚めてしまった。

無理もない、昨日の今日だ。

私はソワソワする気持ちを隠せずに、少しヒンヤリとする家の廊下を洗面所に向けて歩いた。

少しスキップじみた軽快さに一度その前を通り過ぎ、少しもったいぶって洗面所のドアを勢いよく開き、ジャジャジャーンと自分でファンファーレを鳴らしてみたものの、だが、しかし一夜明けてみた私の頭は白かった。

白髪?

私はなんだか奇妙な空気の中に漂い出した。

確かに私はもう若くはないが、一気にこんな白髪になるだろうか?

まるで何かショックな事に突然襲われた時のような、そんな白髪に染まった私の頭。

私はおもむろにその髪の毛を少し引っ張ってみた。

痛い。

どうやらその辺は大丈夫なようだ。

私はなんとなくホッとし、まぁいいか。歳をとってハゲないとはこうなる訳だし、なかなか悪くない。

そしてその髪をブラッシングしながら、久しぶりに口笛なんかを吹いてしまった。

そんな至福な時に、いきなり助手から慌てた電話がかかってきた。

私がその電話に出ると助手は、

大変です。マウスやドッグや太郎の毛が変色を起こしているのですが、教授は大丈夫ですか。とのこと。

そんな事か。

私はもうわかっている事だから、そんな慌てて電話なんかしてこなくていいとすぐ電話を切ると、新しく自分の一部になったフサフサの髪の歓迎をブラシで続けた。


その次の日は、今回の研究結果を学者仲間に披露する宴を、盛大に執り行う大事な日だった。

昨日程ではないが、少し早めの起床から自慢のフサフサ髪を整えようと洗面所に立ったのだが、まだ夢の中らしかった。

何かの暗示だろうか?髪が緑だなんて。

取りあえず夢の中でもせっかく洗面所にいるのならと、目覚ましに顔を洗ってみた。

冷たい。

いや、リアルに目が覚めた。

しかし鏡の中の私はまだ緑の髪のまま。

って事は、まさか。

私は髪の毛をまた例の如く引っ張ってみた。

痛い。

その時、初めて助手の電話先の声が慌てていた理由がわかった。

私は一目散に電話へ走り受話器を取り上げ、助手に電話をしてみたがこんな朝早くからはさすがに助手は電話に出る気配がなく、仕方なく髪を洗ってみたり、乾かした後に変化がないかと試してみたが、どうやら何も変わらないらしい。

と、取りあえず時間がない。

私は髪をクシでセットすると、会場へと帽子を被って出掛けたのだった。


昨日の宴はハラハラだった。

何とかごまかして、この研究の結果を派手に演出したつもりとしたのだが、周りの反応はまぁまぁ問題もなく、その嘘に感激する者までいたが、私の心情は複雑だった。

しかし今日も髪は若々しい緑色を艶やかに光らせている。

クシの通りは格別な滑り心地だ。

そしてそれからしばらくはその色の髪のまま変化はなく、ハゲているよりいいかと開き直ってきた頃、またもや髪に変化、いや変色が起きた。

ピンク。

なんとも愛らしいピンクの髪の毛。

私は驚いたものの、その美しい髪にウットリしてしまった。

それがクシを入れるのももったいないくらいの透き通った色に、しばらくは鏡に釘付けとなったがそれを見て思い出した。

確かこれは。

私の勘が正しければ、これはあのニョキニョキの木が初夏の秋に咲かす、可憐な花の色。

その時この仕組みがわかった気がした。

根っこから抽出されたエキスは私の毛根に交わり刺激したことで、始めは髪として生まれたが、それが白い芽となりやがては葉となりそして花を咲かせた。

すると次は。

私の予想が正しかったらしく、何日か後には赤い実と同じ燃えるような色が私の髪を染めた。

なんとなくこの歳になって、体臭までもが若干甘くなったような。

私は違う意味で自分の頭の上で起きているこの奇妙な現象に熱中した。

確かに結果は成功とは言い難いが、これはこれで面白いではないか。

私は毎日鏡を覗くのが楽しみとなり、そして自分の髪を可愛がるように手入れを欠かさなかった。

そして次の変化は黄色。

そうか実も終わり、いよいよ紅葉かな?

いや、待てよ。

私は自然の植物の流れを頭で思い起こした。

紅葉、それは枯葉。

それで次には。

そう。散る。

そんな。


そして私はしばらくの間、鏡なんて見なかったのだった。



おしまい。



いかがでしたか?

今日のオススメのカクテルの味は。

またのご来店、心よりお待ち申し上げております。では。

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