酷いよ、藍翔。
「よし。じゃあちょっと話しても良いか? 」
「う……うん。良いけど……」
吾嬬が改まりすぎて、なんか面白い。
私って酷いのかなぁ? 真面目な人に対して面白いだなんて思っちゃうとか。
で? なんやなんや。
外は暖かい春風が吹いていて、なにか甘酸っぱい感じがする。
「俺さ、一年の女子に……告られたんだ」
「え!? 」
私はとても驚いた。
それものはず。
彼女がいる吾嬬に告白してくるような人は初めてなんだもの。
その一年の女子は果菻の存在を知らないのか?
しかしまぁ驚いた。
「え? なに? その女の子とはどういう関係なの? 」
吾嬬は少し悩んだ顔をして、それから答えた。
「いやそれがな? その女の存在を俺はしらねぇんだよ」
「はぁ? 」
いやマジで「は?」って感じなんだけど。
知らない、しかも下級生に告られたとか、マジで驚き以外のなんでもないんけど。
「そのことを、果菻がいない間に私に相談してきたと」
「そういうこと」
いやでも単純に考えたときに、断る以外になんの行動があるわけ?
相談するほどでもない気がする。
そのことを吾嬬に言う。
そしてその瞬間、頭にくるような返事が返ってきた。
そしてまた同時に、“男ってほんとムカつくな”とも思った。
「だってその子、超可愛いんだもん」
最初は呆れすぎて言葉が出なかった。
けれど今の吾嬬の言葉を脳内でリピートすればするほど、
怒りがこみ上げてきたのが実感できた。
「アホかーーーっ!!!
それでもあんた、果菻の彼氏か!? 」
私は思わず大きな声で怒鳴り上げてしまった。
周りの視線が私たちに集まる。
そして吾嬬は、顔を赤く染めていきながら、
「も、もう少し静かな声で……」
と、これまた小声で言ってきた。
おっと。私、デリカシーがなさすぎたのかな?
「おい、羽璢沙、一緒に弁当食いに行かね? 」
遠くの方から藍翔の声が聞こえた。
私はその藍翔の声の二倍ぐらいの大きさで返事をする。
「あーゴメン。吾嬬と大事な話しながら弁当食べることにしてるから、無理だわ」
女子たちの黄色い声に混ざって、藍翔の舌打ちのようなものが聞こえた気がした。
気のせいかな?
まあいい。今は吾嬬の告白事情について語ろう。
「で? その子の名前は? 」
**
私は放課後も吾嬬の話を聞いていた。
どうやらその子は、
一年の女子で、かなりの美人で、
名前は藤沢 加奈ちゃんで、友達がそこそこに多い子らしい。
でも、私が真剣な眼差しを吾嬬に向けながら、「果菻はどうなるんだよ」と言ったら、
静かに「藤沢に断わって来ます」
と言ってくれた。
ひとまず安心やな。
その後私は吾嬬と別れを告げて、自分の家に……正式には藍翔の家に帰ることにした。
そこで事件は起こった。
**
いやー、しかし、ビックリしたなぁ。
前々から吾嬬がモテてることは知ってたけど、吾嬬に彼女ができてからは本当に告られたりしてなかったからなー。
ん?
あれは……。
私の目の前には、美男美女が抱き合っていた。
うわぁ。嫌なとこ見ちゃった。
って……あれは……。
美女さんの方は全く知らない人だったけど、美男の方には見覚えがありすぎた。
「藍翔っ!? 」
私は思わず大声で呼んでしまった。
藍翔が振り向く。
私は心の奥の方で、何か黒い雲が出来上がったような、黒いペンキで塗りつぶされたような感じがした。
なんで?
藍翔は私と付き合ってるのに、
今までとまるで変わりがない。
なにさ。
実感わかないんだけど。
「ねぇ、あんまりイチャつかないでよ」
私は今覚えば彼女さんには失礼なことをしたと思った。
彼女さんの前でこんな話を繰り広げるなんて、非常識極まりないよね。
ゴメンナサイッ!
「は?
なんで羽璢沙にそんなこと言われねぇといけないわけ? 」
っ!?
え、なんでって、彼女だからに決まってんじゃん。
まぁ、110、111番目ぐらいの彼女だったけど。
「だって付き合ってるじゃん!
言う権利あるよ? 」
私が少し意地を張り気味に言う。
そうすると藍翔が、頭をクシャリとやって、呆れ顔でこんなセリフをはいた。
「は? 俺はお前と付き合ってねえよ。なに勘違いしてんの」
「え!? 」
え!? 付き合って……ない?
なんでよ。私と藍翔は二人とも
“好き”って言い合った仲じゃん。
両思いとカレカノってちがう?
でもなんだろう。
物凄く、もやっとする。
藍翔の口角が微妙につり上がった気がした。
な、なに……それ。
私は飛んだ勘違い野郎だったってこと?
でも、だとしても許せるわけがない。
私は勘違い野郎? 付き合っていない? なんで……。
他の109人はよくて、私はダメなの?
他の子と違うの? 私は。
「じゃ、じゃあ今付き合ってよ。
両思いでしょ? 」
半分泣き目で言う。
ああ、私、中2にもなって、一人の男に泣くなんて。
その相手がお父さんとか意地悪してくる男子とかでもなくて、自分の好きな相手とか。
私って可哀想な人だなって思う。
自分で言うのもなんだけど。
「仮に両思いだとしてもお前とは付き合いたくねぇ。
“お前は吾嬬と仲良くイチャイチャ”
してりゃあいいじゃん」
っ……。
何それ。酷くない?
そんなもんなの? 男女って。
なんで私は109人も彼女がいる人にフラれるの?
そんなに……ダメ?
「なんでよ、付き合ってよ! 」
私は思わず怒鳴ってしまった。
自分でも思う。なんてガキっぽいのだろうって。
「お前さ。
彼氏出来たことある? 」
え?
急に変な質問が来た。
失礼な。
「いたことあるに決まってる! 」
(だってこんなにモテてるんだもん)
「ふーん。そう。
じゃあお前その彼氏にさ?
『お前って重い女だよな』とかって言われね? 」
「藍翔っ……」
私は喉の奥から声を振り絞って出した。そのままその場を走りながら去る。
頬を生ぬるい水のようなものがつたる。その水が涙だと気付いた時には、もう藍翔は見えなくなっていた。