羽璢沙は好かれる。
「あのね……」
私はゆっくりと口を開く。
藍翔と私が兄妹になったんだ、なんて言ったら、果菻と吾嬬はどんな反応をするだろう。
想像すると少し笑ってしまう。
藍翔と両思いだったってことは二人は知っているのだろうか。
「私と藍翔は……」
私が言おうとした瞬間に、
「兄妹になったんだよね、こんなことがあってさ」
と、無理やり藍翔が割り込んできて、出会ってから今までのことを全て訂正も必要ないぐらい全てを話し切ってしまった。
こいつマジでムカつく。
そんなところもいいけどネ。
(マジで私藍翔が好きだって気づいた瞬間性格変わったな)
「「はぁぁぁぁぁっ!? 」」
果菻と吾嬬は目を丸くして驚きの声をあげる。そして途端に二人の目つきが鋭くなる。
え? なに?
なした、なした?
「お前……。
俺らの羽璢沙に手出して、タダで済むと思ってんなよ」
え? なに? 何事?
吾嬬は果菻のカレシでしょ?
え? なに? いや、マジで。
果菻の方を見る。
見た感じ嫉妬とかはしてなさそうだ。
それどころか、更に藍翔を攻めだす。
「ホントだよ。お前レベルの人間は
羽璢沙に近づくな。
羽璢沙の評価が下がる」
いや、藍翔の方が多分私よりレベル上だからね?
藍翔はちょっと驚いている。
そして藍翔はちょっと苦笑い気味になる。そのちょっとの瞬間も二人は見逃さない。
「何ニヤけてんの? キモイ」
うわあ。
なに? 急に毒舌になっちゃって。
おい、お二人さん、おい。
そして果菻は止まらず話を続ける。
「いやね、もう兄妹になっちゃったのはしょうがないから良いとして、
もしこの先に羽璢沙に手を出したりなんかしたら、
吾嬬と一緒にお前のこと殺すから」
藍翔はすっかりしょげている。
なんで二人ともこんなに……?
ま、あとで聞いてみっか。
私は無言で藍翔のことをひきづりながら帰ることにした。
果菻と吾嬬は何事もなかったかのように笑顔で私たちのことを見送る。
いや、普通に怖いから。
**
藍翔は家に着いてからもションボリとしている。
なんか可愛い……。
「藍翔、大丈夫? ゴメンね。果菻と吾嬬の件は」
私はなんとなく謝る。
藍翔はニコッと笑みを浮かべて、
「大丈夫だよ。もう自分の部屋に戻りな」
と言う。
藍翔はやっぱり、カッコ良いし性格も良いし、しかも運動もできて頭も良いんだよね。
ホント神の申し子だよ。
天才ってこいつみたいな人のことをいうんだな。
私は改めてそう思った。
ま、藍翔も戻れっていうし、自主勉強もやんないとだから、自分の部屋に戻ろう。
私は自分の部屋に向かうと、早速勉強を始める。
いつもはつけないメガネをつける。
まぁ、メガネっつっても伊達眼鏡だけど。
なんで家の中で伊達眼鏡なんてつけるかというと、
ただ単に気持ちの問題。メガネかけたほうがなんとなくやったるぞ感が湧いてくるから、みたいな?
あんま深い理由はない。
そして、勉強始めたは良いけれど、問題の難易度が高めで少し難しい。
それもそのはず。
私は中学受験をして今私が通っている学校……。
些樣中学に受かったわけだけど、
私が目指すは些樣大学!
些樣大学と些樣中学は違くて、
些樣中学に受かったら些樣高校には受験なしで行けるわけだけど、
些樣大学にいくにはもう更にワンランク上の受験をしないといけなくて、
その対策をしているのだ。
で、この勉強内容が些樣大学の過去問なわけで。
中学生が大学受験なんて、普通の中学生からしたら意味わかんないわけで、
やってる私も意味わかんないわけで……。(ならなんでやってんだよ)
あーっもう!
これはもう学校一頭の良い藍翔に聞くしかない!
(決して藍翔の顔が見たいからっていう理由でいくわけじゃあないからね? )
**
「藍翔さん。いや、藍翔様。
ここの勉強の内容を教えて下さい! 」
私は軽く頭を下げながら頼む。
「あ、羽璢沙。メガネだぁ……! いつも可愛いけど、メガネかけるともっとカワイィ! 」
グハッ……っ!
なんだその褒め言葉は!
今まで聞いた褒め言葉の中で一番輝いてんなぁおい。
褒め言葉も喜んでるよ!
そして私はしばらく喜びにひたっていた。
「……ってわけ。どう? 分かった? 」
「……え? ……あぁ、分かった分かった。オーケオーケー。
藍翔の説明はわかりやすいねぇ」
やべぇぇぇぇ! 藍翔の勉強の説明全然聞いてねぇぇぇぇぇ!
どうする? これは聞き直すべきか?
いや、ぜっったい聞き直さないとダメだ。
「そっか。羽璢沙は理解が早いね! 」
と、とても聞き直せない!
なんて状況だ、これは。
ゴメン、藍翔っ!
アホすぎる、私!
私は渋々部屋に戻った。
そして私はやけになってスマホをいじることにした。
**
昨日は散々だった。
倉庫に閉じ込められたわ、果菻と吾嬬は頭を打ったのか、急に真面目になるわ、
藍翔の勉強の説明は聞き逃すわ……。
「おはよう……って、羽璢沙?
大丈夫? めっちゃ元気ねぇじゃん。
具合でも悪いん? 」
吾嬬が私の顔を覗き込むようにして問いかけてきた。
「ああ。吾嬬か。
いや、具合は悪くないんだけど悪いというか……。
ストレスというか……」
私がだるめの声で言う。
その瞬間、1日ぶりの吾嬬のキレ気味の声が私の耳に入った。
「はぁ? んだよ、ストレスってまさか、
柊が原因なのか!? 」
私の神経の何かがブツリと切れる音がした。
「あのさ! ストレス溜まってんのに吾嬬も関係してるからね!? 」
吾嬬は、「おれ!? 」なんて言いながら驚いている。
こいつマジでなんなの?
「ってかさ、吾嬬と果菻はなんでそんなに藍翔のことに敏感なわけ? 」
私はたまらず吾嬬に疑問をぶつけた。
「は? そんなの、俺らは羽璢沙のことが好きだからに決まってんじゃん」
うお……。
吾嬬の口から『好き』という言葉を聞いたのは久しぶりか……
もしくは初めてかもしれない。
「あ……ありがとう……。
そ、そういえば果菻は? 」
私は恥ずかしくなってきたので、話を別のものに変える。
いや、素直に気になったんだから良いよね?
「ああ。果菻? あいつなら熱出したって。
昨日お前らが帰った後に雨降ってきてさ、一応俺の上着かして
早歩きで帰ったんだけど、今日の朝あいつの母さんから熱出したって
電話がきてさ」
っクッソリア充めが!
ま、もう良いけどね。私も藍翔と両思いで付き合ってるし。多分。
「あ、そうだ。羽璢沙にちょい話したいことあるんだけど」
吾嬬が口を“お”の字に開けて言った。
「ん? どした? 」
私は吾嬬の顔を見る。
「あのさー……」
そこでまるで見計らっていたかのようにホームルーム開始のチャイムが鳴る。
吾嬬は「あとで」と言いながら自分の席に戻る。
吾嬬が自分の席に座った後に、
吾嬬が座っていた席の主が座る。
あ、そうだった。
ここは吾嬬の席じゃなくて山田くんの席だった。
「ごめんね。山田君」
私がそう言うと、山田君は恥ずかしそうな顔をして
「大丈夫」と言う。
山田君、なんか可愛い。
そして私は、ホームルームを始めた。