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ある魔王と呼ばれた少女の旅  作者: 鳥居れもん
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そして詩人は彼女に語る

「僕はドミニク。吟遊詩人、モドキかな」

 家に残る食材を始末するついでに彼、ドミニクに食事を振る舞ってやった。

 それ以上の理由はない。と彼女は考えている。

「僕はまだ誰も歌わない物語を歌いたくてね。その題材に赤の魔王とその側近の魔女の物語を歌おうと思っているんだ」

 赤の魔王。その言葉にどれだけ振り回されてきたんだろう。知りたくもない。興味ない。それなのに彼女の人生とは切っても切り離せない存在。

「それで僕は彼の始まりの村。白の勇者と赤の魔王の生まれた村に行ってきた。村の人々は僕を歓迎してくれた。そして誇らしげに勇者のことを語るのさ」

 知らずとはいえ詩人は彼女の心中を乱してくれる。

「だがそれらの話は正直どこでだって聞ける。白の勇者を歌うものは数多いるからね。各地にも多くの伝承が残ってる」

 話半分に聞きながら、彼女はスープをすする。今まで出会った誰よりも、この詩人の男はよく喋る。

「そこで僕は聞いたのさ。魔王について知ってることはないかいってね」

 興が乗ってきたのか彼は徐々に大仰な身振り手振りを加え始めた。

「その瞬間、村人達の態度が急変さ。話すことはない!出ていけ!とね」

 やれやれと困り顔で首を振る詩人に一瞥もくれず、彼女はパンを租借。

「だがそれ終わる僕じゃあない。大人が言えないなら子供に聞く、これだ」

 びしり、と効果音でもしそうな勢いでスプーンを彼女に向ける詩人。

「ちょっと物知りだと褒め称えたら喋る喋る。そして僕はこの魔女の家を知ったわけさ」

「あぁそう」

 まるで関心なし。と言わんばかりの彼女の態度に詩人は椅子に腰かけなおす。

「だが君が言うにはもう魔女はいないという。いったいどういうことだい」

「死んだのよ、つい今朝方ね」

 流石の詩人も黙った。

「間が悪かったわね。食事がすんだら帰りなよ」

 食器を片づけながら、彼女は可能な限り平静を装う。

「……君はこれからどうする?」

「貴方に関係ある?」

「そう言われてしまうと何も言えないが……」

 ため息。

「明日、旅立つ。鍵はかけるから家探ししようなんて思わないで」

 詩人は食事を綺麗に平らげると、お礼を言って出て行った。

 彼女は旅の身支度を進め、それが終わると狼達の小屋へと向かう。

「みんな、元気で」

 小屋のカギを開放し、皆を山へと放す。こういう日を想定して山を走り回らせていたんだろうか。

 一匹だけ、どうしても彼女の隣を離れようとしない狼がいた。彼女がやってきた日、世話を頼まれた子狼。彼女と共に成長してきた彼もまた、すっかり立派な成獣となっていた。

「一緒に行こうか」

 彼の首元に抱き着くと、あの日感じたのと変わらないぬくもりに安心する。

 一人と一匹で、この家の最後になるかもしれない夜を過ごした。


 翌朝。家を出ると知った顔がいた。

「やあ御嬢さん」

 おしゃべりな吟遊詩人がいた。

「何か用?」

「旅は道連れ世は情け、というだろう?」

「道連れなら間に合ってる」

 傍らに従う狼に視線を向ける。

「たしかにその子は勇敢でいざという時頼りになるだろう。しかし彼は人と話すことは得意ではないんじゃないかな?君と同じで」

 癪に障る言い回しだ。

「そこでだ。僕はここに来るまでにそれなりに旅をしてきて土地勘がある。もちろん、この話術での交渉も受け持とう」

 頼んでもいないが。

「君達には道中の安全と道標を頼みたい」

 断ってもついてきそうな勢い。

 彼女はため息をつくと、返事もせずに家の鍵を閉めた。そのカギを大事にしまうとさっさと歩きだす。

「おや出発かい御嬢さん」

 じろりと詩人を睨むと、彼女はぶっきらぼうに告げた。

「レイン。この子はノワール」

 返事も待たずに歩き出す。

 赤い髪、赤い瞳、赤い外套。

 古びた瀟洒な剣を下げて。

 狼ノワール、詩人ドミニクと共に。

 魔王と呼ばれた少女、レインの旅路が始まる。

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