そして彼女は己を見つめる
彼女は掃除を始めた。
魔女の部屋はそのままに、自身の部屋、そして台所と食卓近辺。
考えをまとめる。というにはもう心は決まっていた。だからこそ、思い出と未練が残るこの家に、やり残しはしたくなかった。
方々に残る傷や汚れに、在りし日のことが滲むようで目頭が熱くなる。魔女は一体どれほどの時間をここで一人過ごしたのだろう。寂しさがなかったわけではないだろう。自分はその寂しさを少しでも埋められたであろうか。
一段落する頃には日は傾き、夜の気配が近づいていた。
そんな時だ。ドアをノックする音が彼女の耳に届いたのは。
一瞬でドアへ近づき、立てかけてある木剣を掴む。淀みない動き。ノブを音もなく回すとほんの少しだけ開く。次の瞬間には思い切りドアをけ飛ばした。
何かにぶつかったような音を鳴らし、ドアは半開きの状態で止まる。隙間から飛び出すと、そこにいる者に木剣を突きつける。
青年。彼女とそう歳の変わらない男だった。彼はドアがぶつかっであろう頬を押さえながら蹲っていた。
「なにか用?」
彼女は一切悪びれた様子もなく、蹲る彼に問う。
見たことのない顔だ。おそらくあの村の者はない。しかし、安心していい理由もない。
「あ、ああ……。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
めげない男だ。頬をさすりながら彼は立ち上がると、彼女に視線を送る。
「単刀直入に聞こう。君は魔女かい?」
彼からの問いを聞きながらも、彼女は警戒を緩めずその姿を観察する。外套や荷物からするに、おそらくそれなりの旅路を経てやってきているようだ。
「違うわ」
即答。嘘も言っていない。
「……そうかい」
彼は肩を落とした。
「君はこの辺りで魔女の噂を聞いたことが無いかい?」
「……聞いたと言ったら?」
彼はその言葉に一気に表情を明るくする。
「ぜひ教えてほしい! 僕はどうしても魔女から話を聞きたくてね!」
彼の笑顔に罪悪感を覚える。その希望はもう叶うことはないのだ。
その罪悪感からか、彼女は素直に答えてやる。
「残念だけど、それはもう無理だわ」
疑問付が浮かぶ彼の表情から視線と木剣を逸らしながら、彼女はため息をつく。
「魔女はもういない、どこにもね」
彼に。いや、もしかしたら自分自身に言い聞かせるように呟いた。