そして魔女は手記にて語る
手記には魔女のこれまでの歩みが書き記されていた。
かつて山の神の生贄として選ばれ、その運命から一人の男によって救い出されたこと。
その男と幾多の国を訪れ、幾多の人々と出会ったこと。
そして、魔王となった男は、魔女を置いて死んでしまったこと。
赤の髪。赤の瞳。勇者の生まれた村から来た名ももたぬ男。
その男こそ、彼女が魔王と迫害される原因であることは明らかだった。
憎しみの気持ちは少なからずあった。この男さえいなければ、彼女の人生は大きく違っていただろう。人々におそれられることも、疎まれることもなく過ごせたかもしれない。
だが、もしその男が居なければ魔女はどうなっていただろう。
ただ運命だと割り切り、その人生を終えていた。いや終わらされていた。
複雑な心境。
彼女の心中を一言で表すのならば、それ以上にしっくりくる言葉はなかった。
しかし、それ以上に彼女は魔女の心境に思いをはせる。
直接でこそないが、魔女は世界で最も愛する男の影響で運命を捻じ曲げられた人間と共に日々を過ごしていた。
魔女が彼女を救ったのは、あの魔王のためだったのだろうか。
その答えとでもいうべき内容は、手記の最後のページに記してあった。
インクの具合や筆跡から、このページは比較的新しく書かれたものだとわかる。見慣れた少しばかり力なく崩れた文字。
“この手記を貴女が読んでいるということは、私はすでに終わってしまったということでしょう。何とも月並みな言葉でごめんなさいね。
この手記を託すことにしたのは、貴女を不幸に貶めてしまった要因の一端を私が担っていることを申し訳なく思っているからです。
心優しい貴女のことだから共に暮らした私ではなく、見たことのない彼のことを恨めしく思っているのではありませんか?
彼は優しい人でした。ですが、一人の人間が救うことができる世界はあまりに狭いということ、理解してしまう聡さを持っていました。
だから、彼は初めから救うべき人と、そうでない人。守るために壊さなければいけない世界のことを区別してきました。
そしてその結果、死んだ後の世界でも、貴女という犠牲者を新たに生み出してしまいました。その罪を許せとは言いません。私もまた同罪です。
貴女を救い、話をしたあの日。同情や罪滅ぼしの気持ちがなかったと言えば嘘になります。しかし、この文字を書いている今、貴女への気持ちに愛情以外の言葉は見つかりません。それだけは信じてほしいのです。
恨むなら、恨んでくれてかまいません。憎むなら憎んでくれてかまいません。
ですが、もし貴女も私との生活に喜びや幸せを感じてくれていたなら、私のワガママを聞いてほしいと思っています。
どうか、彼のことを知ってほしい。
彼が旅の中、破壊してきた物。そして救ってきた人々を知ってほしいのです。
その結果、それでも彼が憎いと思うならばそれでもいい。
もちろん、強制するつもりはありません。選ぶ自由が貴女にはあります。ここで狼達と暮らすのもよし、どこか新天地で新たな生活を始めるのもいいでしょう。
外套と剣はこれからの生活に役立ててください。
そして、未だに呼ぶことが出来ていませんが、ずっとあなたの呼び名を考えていました。 この手記を貴女が読むころには、この呼び名で呼んであれているでしょうか。
雨の日にやってきた愛しい子、レインと”