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ある魔王と呼ばれた少女の旅  作者: 鳥居れもん
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そして彼女は魔女と別れる

頭上を横薙ぎに過ぎ去っていく刃。身をかがめて避ければ相手の正面はがら空き。

 声にならない気合の息を鋭く吐き捨てながら、少女は剣を鎧の首元辺りへと突き込む。

 激しい金属同士の摩擦音を撒き散らして冑が吹き飛ぶのを視界の隅に収めながら、左手に意志を込める。瞬間、発火。球状を取る炎をそのまま鎧の胴へと叩き付けた。


 霧散。


 煙か霧か、最初からそこには何もなかったかのように、彼女だけがそこに立っている。


「おめでとう」


 その様子を眺めていた老婆はしわくちゃの顔をますますしわくちゃにしながら微笑む。


「ありがとうございます」


 剣を鞘に収め、彼女は笑顔をともに一礼。



 幼かった顔立ちは徐々に大人びた女性の顔つきに近づき、手足もすらりと長くなった。背の丈は170前後か。赤い髪も伸び、今は纏めて結わえてある。瞳もまた、赤色から変わっていない。

 それは彼女の身体的成長とともに、技術の成長も示す。



「また次のレベルを用意しなくてはいけないねぇ」


 彼女の力量にあわせ、老婆は鎧に魔法をかける。その速度は年々早まり、老婆は嬉しそうに溜息をつく。


「お婆様、あまり無理はなさらないでください」


 しかし彼女が成長するのと同じように、老婆も老いて行く。彼女と出会った頃からすでに随分な歳であった老婆は、今では彼女の手助けがなければ立ち上がったり歩いたりすることさえ困難になっている。



「最後までやりきりたいけどねぇ……」



 老婆は少し寂しそうに笑った。




 「どうするのが、最良なんだろうね」


 老婆の身体が弱りはじめた昨今、訓練の時間は減らし、その分狼達と山にいることが多くなった。できるならば、老婆についていたいが、老婆自身がそれを望まない。


 「私に出来ること、まだまだ少ないね」


 傍らで伏せる若い狼の頭をなでてやりながら、少し落ち込む。


 「私に何が出来るんだろう……」


 自分のことに必死だった。生きていくこと、耐えること。人のことを考える余裕なんてまるでなかった。

 だが、いまは違う。老婆のためにできることをしたい。けれども、何が出来るかもわからない。



 無力感。



 なんどだってそれは感じてきた。幾度も幾度も。しかし、今感じるこの無力感はそれらとは違う。自分を守る力はある。けれど、大切な誰かを救う力は己にはない。

 歯がゆい。

 近くにいるのに、手が届かない。そんな気持ち。

 不安。

 また、独りになるのか。


「そろそろ帰ろうか」


 少女が立ち上がると、そばの狼が遠吠えをあげる。それに呼び集められるように少女の下に黒狼達が集う。


「独りは、怖いな……」


魔女と過ごす日々は、彼女にとって日常になりつつあった。

 誰しもがごく自然に送る日常という幸せ。多くの日とは失って初めて気づくという。

 だが彼女は違う。知ってしまった。それがどれほど大事で、美しくて、素敵な事かを。



 その日は突然にやってきた。

 いつもの朝食の時間になっても、魔女は部屋から出てこない。

 彼女は作った朝食もそのままに、ただ魔女の部屋の扉を眺めている。

 そのドアを開ける勇気が出ない。すぐにでもよろよろと魔女は部屋から出てくるんじゃないかと。そうすれば自分はすぐに魔女の元に駆け寄って手を取り、支える。

 はやく。ごめんねと力なくしわしわの顔に笑顔を浮かべて出てきてほしい。

 はやく。はやく。一人じゃないと教えてほしい。

はやく。はやく。はやく。お願いだから。

涙が浮かんでは、それをこらえる。

その時、あっさりと眺め続けたドアが開く。

黒。

魔女がひょいと部屋から出てくる。


「お婆様……?」


その足取りはあまりに軽すぎた。よろめくことも壁に寄り掛かることもなく。

すたすた。というに相応しいほどにあっさりとした軽い足取りで。

唖然とする彼女に、魔女が口を開く。


「残念ながら、お別れだよ」


その一言に彼女は声も出すこともできず。

そして、涙もこらえることもできなかった。

目の前に確かに魔女はいて、それでも魔女が終わってしまったことを理解してしまう。

魔女の姿をしたモノは、彼女を部屋の中へ招き入れた。彼女は魔女の部屋に入ったことはない。入るなと言われたわけではないが、なんとなく入ろうと思わなかった。

 なんてことはない。小さな部屋。細々とした道具と、部屋のほとんどを占める本棚。

 その一角のベッドで、魔女は静かにこと切れていた。

 彼女は膝から崩れ落ちた。

 自分の命が消えてなくなるかもしれなかったあの雨の夜。彼女は声をあげて泣いた。いやだ、と。死にたくないと。

 今、声出すこともできない。溢れてくる涙。言葉に出来ない気持ちに押しつぶされそうになる。

ひとしきり涙を流した後、彼女は魔女の姿をしたモノに視線を向ける。

その手にはいつの間にか古びたカギが握られていた。


「これは……?」

「私が終わりを迎えたとき、私は貴方に託したい物があった」


鍵を受け取ると、本棚の間に設置してある大きなキャビネットに案内される。

受け取った鍵を差し込むと、あっさりとそれは解放された。


一冊の手記。

古びた、けれど瀟洒な細工が施された鞘を持つ剣。

真紅の外套。


 「確かに託したよ」


声に振り返ると、そこにはすでに何もいなかった。

魔女の姿をしたモノも、こと切れた魔女の体も、そこにはすでになかった。

また涙が溢れそうになった。

それでも、託されたものの意味を知らなければならない。

彼女は強く目元をぬぐうと、手記を手に部屋を出た。

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