そして彼女は魔女と踊る
老婆との生活が始まってはや数か月。
狼達の世話はなんら難しいことはなかった。彼らはとても利口であったし、彼女が己らの面倒を見てくれる者であると解ると、随分素直に従ってくれるようにもなった。
「おいで」
老婆に頼まれた子狼も、今では彼女の後をついて回るほどの懐き様だ。
なんとも不思議な気分だった。村にいた頃は彼女の前にも後にも、だれ一人いなかった。
己に向けられるのはいつも恐れ、憎しみ、そんな負の感情だけで。この狼達のように信頼のようなものを向けてくれるものなどいなかった。
この聡く、逞しい存在は、確かに此処に存在していて、温かさや、不確かとはいえ感情を露わにする生き物で。彼女は時折、子狼を抱いて涙することもあった。
「また夕方に来るからね」
小屋から少し山へ登ったところで狼達を解散させる。近隣を自由に走らせ、夕方に迎えに来る。このあたりの地形を覚えさせ、狼らしい身体作りをさせると言うことらしいが、細やかなことは大人の狼達が若き世代へと教えていくらしく、人が手を出す必要はないらしい。
彼らが山を散策している間、彼女は老婆に教えを請う。
生きていくための力の使い方を。
少女には剣と魔法の才があった。村にいた頃からそれは確かなことであったが、そうであればあるほど大人達は彼女からそれを鍛える機会を奪ってきた。
もし、彼女が魔王となりえるならば、確実に始末しなければならない。その際に、大人たちでは相手にならないほど成長されていては困る。そのために、彼女はそういった己を鍛える場、方法をことごとく奪われてきた。
快音。手にした木の棒が、対面する者が持つ木の棒と打ち合わさり、音を鳴らす。
相対するのは老婆ではない。老婆が操る鎧騎士。中身は空洞。しかしそれは確かに動き、手にした棒を振りかざし、彼女と打ち合っている。
楽しいと思う。
鎧騎士は強い。いくら打ち込めども攻撃は悉く止められ、その隙に丁寧に打ち返してくる。しかし彼女は確かに己がしたいと思ったことが出来ている。
挑戦。
それが出来ることが嬉しい。できることをやらせてもらえない日々は終わった。変わりにできないことに挑める日々が始まった。今日より明日、明日より明後日、出来る事が増えて、新しい出来ないことに出会う。
そんな日々が楽しく、嬉しい。自分の可能性が広がっていくのが手に取るようにわかる。窮屈で退屈な時間が動き出していく。
己はどこまでいけるだろう。
そんな日々は光のごとく過ぎ去っていく。
騎士にコテンパンにされれば夕刻。彼女は狼達を迎えに山へ上がり、老婆はその間に夕餉をこしらえる。
日々の営み。
小さな家は彼女にとって確かに、掛け替えのない我が家へと変わってゆく。ただ、誰かと共に在り、誰かのためにある。そんな当たり前が、とても心地よく。
誰かを必要としている。
だから、
誰かに必要とされたい。
一人で生きていけるようになりたい。
けれど、
一人ではないと知りたい。
誰かに愛されたい。
だって、
誰かを愛していたい。
光陰は矢の如く。
そんな日々が数年……。
駆け足で下る坂道のように、がむしゃらに、遮二無二。
少女の齢は10の後半。
狼達の世代も変わり、いまやあの子狼も立派な成獣になった。
転がりだした彼女の人生は、また新たな局面を迎えようとしていた。