そして彼女は彼女になった
「どこにいった」
村のすぐ外、深い森の中。
「早く捜せ!」
彼女は息を切らしながら駆ける。雨は体力を奪うが、聴覚と視覚を阻害してくれる。
「どうする?」
手に刃物を持ち、彼女を捜す男達は雨に随分と苦労している様だった。
「仕方ない、恙無く済んだと報告しておく」
諦めたように男達は村の方へと歩き去っていく。
彼女は木陰に身を潜めながら、雨に打たれる。先ほどまで熱いほどだった身体は雨によって冷え、寒ささえ感じるほどになっていた。
異端。
彼女が迫害された理由。何をしたわけでもなく、ただその可能性があるがゆえに。
どうしようもなく、どうできるわけでもなく。
彼女はたちあがり、村とは反対の方向を見やる。戻れるわけはないのだから。
うっすらと膜が張ったかのようなぼやけた意識で彼女は思考。
その昔、村を出た魔王が最初に滅ぼした、山の神を祭っていた村。それがすぐ近くにある。
「雨をしのげる場所ぐらい、あるかな……?」
自分自身に言い聞かせるように、彼女は重い足取りで歩き出す。
雨はさらに勢いを増し、彼女を濡らしていく。
身体が重い。息が苦しい。足が上がらない。
息をつきながら周囲を見渡せば、木々の隙間から幾つもの瞳が彼女を眺めている。
彼女はそれを見るとまた歩き出す。
彼女を見やる瞳はおそらくこの森に住む物の怪達。彼らは彼女に何をするでもなく、ただ見つめている。彼らは聡い。だから理解している。
彼女は何もせずとも虫の息で、おそらく近いうちに地に伏すと。
視界がにじむ。
彼女の中に、生まれてきてから今までで最も強く、とある感情が湧き上がってくる。
恐怖。
「いやだ。いやだ……」
死にたくない。死にたくなんかない。
助けてよ。誰か。
聡くとも。強くとも。所詮、子供。
走り出す。もつれそうな足をどたばたと見苦しく動かしながら、泣き叫びながら。
「いやだいやだいやだ……」
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
時に蹴躓きながら。
時に喉の奥からこみ上げてくる物に嗚咽をあげながら。
「いやだ……!」
自分が普通であったなら、家で温かいスープでも飲んでいたんじゃないのか。
魔王なんていなければ、父や母に愛されながら心地よいベッドで子守唄でも聞いていたんじゃないのか。
皆が私に優しければ、私は今も穏やかな笑顔を浮かべていられたんじゃないのか。
身体が宙に浮かんだ気がした。
次の瞬間には、身体はぬかるんだ地面へと投げ出されている。
もういやだ。
身体に力は入らない。立ち上がろうとする気力だってない。
「いやだ……死ぬのは、いやだ」
薄ぼんやりとした意識は、ゆっくりと、沈むように消えていった。