そして彼女は彼と相対する
雪と寒さに閉ざされた大地。
「ここから入れそう」
雪から顔を出していたのはおそらく窓だろう。ガラスは最早跡形もなく、ただそこにぽっかりと穴が開いている。
「なんとか降りられるかな」
窓から飛び込むと、そこは長い廊下の途中。窓から入り込んだ雪が、床の上に広がっている。
「お目当ての剣はどこにあるのやら」
ドミニクは廊下から感じる廃墟の広さを想像して辟易する。
「わりと近そう」
そんな返事を返すとレインは迷いなく歩き出す。そんな彼女にノワールも付き従う。
「君達の感覚はいまだによくわからないよ」
ドミニクは愚痴をこぼすとその後ろについて行く。いくつかの階段を下ると、その扉は姿を現した。
「ここだ」
ドミニクにもなんとなくわかる。この扉の先は何かが違う。何か尋常ならざるモノがこの先に待っている。ノワールも尻尾がだらりと下がり、どこか落ち着きが無いように見える。
「じゃあ行ってくる」
「行ってくるって……一人で行く気か?」
レインはしゃがみ込むと、不安げなノワールの首元をなでてやる。
「私が相対しなくちゃいけないでしょ?一緒に来てもらったら甘えちゃうかもしれない」
立ち上がったレインは視線を扉へ向ける。
「後悔したくない。ちゃんと納得いく形で、彼と相対したい」
ドミニクはこの旅の中で、彼女の最も大きな特徴、頑固さをよく知っていた。
「言って聞く気もないんだろう?好きにするといい」
やれやれとでも言いだしそうな彼の声を聴いて、レインは一歩踏み出す。
「ノワールをお願い」
扉を押し開きながら視線を送ることなくそう言い残し、レインは部屋へと入っていく。
閉じられる扉を見つめながら、一人と一匹は願う。
どうか、彼女がこの旅をしてよかったと思える結末あれと。
部屋の中は何とも殺風景なものだった。明かりもなく、薄暗く、かび臭い。
仰々しい椅子が部屋の奥にあり、そこにあの剣が刺さっている。
「何用だ?」
声が響くと同時、剣の隣に赤い影が浮かぶ。薄く、朧気に、その影が人の形を成す。赤の髪に赤の瞳の男。
「話をしに来た」
レインの言葉に男は驚いたような顔をする。
「話……?」
レインはすたすたと剣の前まで来ると、防寒着を脱いで床に敷く。その上に座り込むと男を見据えた。
「貴方は何故魔王になったの?」
「……懐かしい問いだ」
レインは意外に思う。懐かしいとはどういうことだろうと。
「遥か昔、私もその問いを先代の魔王にしたことがある」
何かを懐かしむように、男は遠い目をする。
「その問いには答えられん、昔のこと過ぎて忘れた」
視線をレインに送ると男はそう答えた。
「それで、お前は何故私と話をしようなどと思った?」
「……私は貴方と同じ村の出身。貴方と同じ、赤い髪と赤い瞳を持って生まれた」
なるべく顔に出さぬように、なるべく震えぬように。
「そのせいで、私は魔王になると迫害された」
「……そうか」
男は目を閉じ、腕を組む。
「世界を変えられぬばかりか、お前のような存在を生み出してしまったか……」
一瞬、レインは男にかける言葉を模索した。しかし、すぐに疑問が浮かぶ。
「世界を変えられぬ?」
「私は勇者に敗れ、世界を変えることなく終わった。仲間達に何も与えてはやれず、期待にも応えることはできなかった」
すぐ思い至る。彼は知らないのだ。当然と言えば当然だ。彼はずっと、ここにいるのだ。
「私は村を追いだされ、ある人に助けられた後、旅に出た。それは貴方の足跡を辿る旅」
男は目を開き、レインの前に座る。
「剣工の国では、貴方は今も密かに信仰されている。貴方が救った者達が居なくなっても、その遺志を受け継ぐ者達が、今も貴方に感謝している」
男は何も言わない。ただ、静かにレインの言葉に耳を傾けている。
「貴方が追放された騎士団を魔王軍に加えたあの地では、今は同盟国を守るために命をかける誇り高い軍隊が結成されてる」
深呼吸。
「そして、貴方が一人の少女を救ったあの村。そこには一人の魔女が住み、その魔女が一人の少女を救った」
男は驚いたように口を開く、だが言葉が出てこない。
「貴方が救ったあの魔女が、村から追われた私を救った」
「そうか……生きていたか」
告げるべきか悩んだが、レインは覚悟を決める。
「今はもういない」
男は絶句する。希望を持たせて、それを奪ってしまうのは罪悪感を覚える
「私は、ずっと貴方が憎かった」
彼の顔を見ていられなくて、視線さげる。
「貴方さえいなければ、私は普通の生活を送れたはずだって」
彼から返事はない。
「けど、もし貴方が居なければ魔女は居なかった。それを思うと、分からなくなる」
視線を上げる。視界に入った男を見て、彼女は衝撃を受ける。
なんて小さく、弱弱しい姿だろう。
これが世界を混乱に陥れた魔王なのか。これが今現代も謳われ、信仰される赤の魔王の姿なのか。
「私は、出来るなら貴方をあの魔女の元へ送り出したいと思っている」
男はその言葉を聞くと、視線を剣へ送る。
「あれによって私はここに縛られている。あれを壊せば私はこの世界から解放される」
レインは立ち上がると剣の元へ向かう。
「触れれば苦しみを伴う。覚悟はしておくことだ」
「ここに来るときに、すでにしてる」
迷うことなく柄を握る。
流れ込んでくるのは村での記憶。誰もが彼女を見てひそひそと話をする。
子供達は皆彼女を無視し、いない者のように扱う。
「それがどうした」
狭い世界だ。あの時の私はこの狭い世界がすべてだった。
大人達の言うことが絶対で、子供達が唯一の仲間と思い込んでいた。
そんなわけがない。
世界はもっと広く、様々な人達がいて。私を否定する人もいれば、肯定する人達だっている。たかが小さな村の人間たちが私を否定したって構わない。
そして、彼等よりもっと優しく、強い人達がいる。そして、彼等より恐ろしく、抗いようのない存在達も居る。
ちっぽけだ。こんなものは。
そんな中、見えてくるものがある。魔王の姿だ。若く、まだ村から出ていない頃の彼。
彼は丘と一つの家を行き来する日々を送っている。
レインは彼と、彼の想い人を知る。そして彼が感じていた悲しみを知る。
気づくとレインは黒の剣を抜き放っていた。
「……わかったよ」
レインは抜き放った剣を床に放り投げる。耳障りな音。
「貴方は悲しみを殺すために魔王になった」
レインは目を閉じ、さっき見た情景を思い浮かべる。
「自分の悲しみを、あの人の悲しみを。旅する中で世界中に悲しみがあって、そして貴方はそれを放っておけなかった」
あの日のドミニクの言葉を思い出す。
「私の友人が言ってた。貴方は世の中の歪みを見て見ぬ振りが出来ない人だと。そして貴方にとって歪みとは、不条理に悲しまされること」
見て見ぬ振りが出来ない。それがレインと彼の共通する思い。しかし。
「私も見て見ぬ振りが出来なかった。でもそれは不条理な悲しみじゃない。私にとって見て見ぬ振りが出来ない歪みは、他者によって決め付けられた在り方を押し付けられることだった」
彼女は腰に下げた紅の鞘から剣を抜く。
「貴方は悲しみを殺すため魔王になった。でも、もし私が魔王になるとしたらそれは怒りと憎しみを晴らすため。私を迫害した人達への怒り、貴方への憎しみ」
知らず知らずの内に力がこもる。
「私と貴方は似ている。でもやっぱり違う人間だ。やっと確信できた」
剣をおおきく振りかぶる。
「私は私で、貴方は貴方だ」
全力で剣を振り下ろすと黒の剣と手にした剣は一緒に砕け散った。
「これが私に出来る唯一の魔女への恩返し。向こうでよろしく伝えて」
薄れゆく赤い影に、彼女は静かに伝えた。




