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ある魔王と呼ばれた少女の旅  作者: 鳥居れもん
13/15

そして根源は彼女を視る

通常、魔法使い達は己の中にある魔力を放出し、その形を炎や水といった形に変化させて使う。しかし、シイエルパの民は違う。

彼等は自身の中の魔力を、世界に満ちる魔力に働きかけるために使う。大気には木々や動物、人々から漏れ出る魔力で満ちている。しかし、普通の魔法使い達は自身から離れた魔力を行使する術を持たない。シイエルパの民は自身の魔力と、彼ら特有の信仰と風習によってそれを行っている。自然や生命、森羅万象から発せられる魔力に語りかけ、祈り、願い、力を借りる。それは一介の魔法使いをはるかに凌駕する大規模な魔力の動き。人々はその途方もない力を畏れ、崇め、謳い、彼等を奇跡使いと呼ぶ。

彼等は目覚めると祈りをささげる。空に。大地に。木々に。光に。生き物に。友に。

 彼等は声を聴く。語りかけられる求めに応え、その対価として必要な時に力を借りる。

彼等は集落の森を育て、守る。必要ならば間引き、必要なら新たに植える。

彼等は森の生態系を守り、頂く。必要なら狩って食し、必要なら育て増やす。

その在り方は人と人の間でも変わらない。

シイエルパの民は友と認めた相手への助力を惜しまない。それは彼等への助力を惜しまない者こそが、友として認められるからだ。

レイン一行は先導者ウィゴウィルの案内の元、深い森の中に存在する集落へと到着する。

「よくここまで一人でこれたね」

 レインは到着したばかりの今でさえ、森を抜けこの集落へたどり着ける自信はなかった。

「いや、森に入ればすぐ彼等は気付く。僕は出迎えられただけさ」

 集落の中心には祭壇があり、そのすぐそばに小屋がある。

「ここだ」

 ウィゴウィルは小屋を指し、レインへ視線を送る。

「根源との面会は基本的にひとりで行う。人が多ければ多いほど、お前の存在を視にくくする」

「どのように話せばいい?」

 レインは彼らのルールに従うことに異存はない。しかし、だからこそ最低限守るべきルールも知っておきたいとも思う。

「なにも考えなくていい。ただ会えば根源はお前を理解する。あとはお前が知りたいと望むことを問えばいい。余計な先入観や予備知識は本来のお前を損ない、存在を揺らがせる」

「……わかった」

 レインはしゃがみ込むと、足元のノワールの首元に顔をうずめる。お互いに良くわかっている。これがお互いの緊張や不安を抑える行動だと。

「……行ってくる」


 ドアを軽くノックして小屋へと入る。中は昼間だというのに薄暗い。

 小さな木製のテーブルにランプが一つ。その横、ロッキングチェアーに履く初の小柄な老人が座る。

「ようこそ」

「……根源ジャジャラ」

 老人は小さく頷く。

「いかにも」

 レインはこちらに視線を向けない老人に、一つの事実を見る。

「貴方は、目が」

 先ほどと同じように彼は頷く。

「私は目によって物を見ることはできない。しかし、力によってその存在を視る事はできる。赤き髪と赤き瞳を持つ少女」

 レインは驚いたように目を見開く。

「私は根源ジャジャラ。シイエルパの民の長であり、すべてのシイエルパの根源たる者」

「すべての根源……?」

 彼はまた頷く。

「シイエルパの民に生まれた者は皆、祝福を受ける。根源が祝福のきっかけを与え、そして自然がその者を祝福する。そうしてその者はシイエルパとなる」

 生まれた時から奇跡使いなのではなく、根源が自然へと語りかけ、そのものへの祝福を願う。そうして奇跡使いは生まれる。

「それが根源の使命。シイエルパをシイエルパ足らしめること」

 ジャジャラは顔をレインへ向ける。しかし、当然視線は彼女ではなく彼女のいる空間へと向けられているように見える。

「赤い少女よ、名は?」

「……レイン。ただのレイン」

 彼はそれを聞くと何度か頷く。

「そうだな。君は他者とは違う部分を少しばかり多く持っているようだ」

 だが、と続け。

「それはほんの少しのことだ。君は自分を特別だと身構えすぎていないか」

 意外という言葉が浮かんだ。これまで自分は人と違うのだから、面倒事に巻き込まれるのはしょうがないのだと思い込んできた。そうやって自分を納得させることで一々なぜこんな目に、と思う自分を黙らせてきた。

「君は君だ。前に誰が歩いていようが、後に誰が続こうとも、君は君でしかない」

 そんな当たり前で単純な事を、いつから見失っていたんだろう。

「さぁ、私が君を視てわかったことは以上だ。君は何を求めここにやってきた?」

 根源ジャジャラは何も見えない。しかし、確かに彼女の本質を視ていた。

「……私は、相対しなくちゃいけない人がいる。昔、この世界を破壊したあの男に」

 絞り出すように紡がれた問いに頷き、しばし時が止まったかのように動きを止める彼は、恐らくあの男の存在を視ているのだろう。

 その時間が恐ろしく長く感じる。レインは自分自身に問いかける。どっちの答えを期待しているんだろう、と。

「赤の魔王の存在は、まだこの世界に在る」

 突然の答えに体がびくりと震えた。

「手を」

 虚空へと伸ばされたしわの深い手を握る。

 情報が頭の中へ流れ込んでくる。ずっと北の方、雪と海で人も寄り付かぬ厳しい地域。雪の下に閉ざされた廃墟。イメージはその地下へと入りこんでゆく。

 剣。

 黒い剣がそこに在り、その傍らに赤い靄のようなものが揺れている。

 そこでイメージは途切れ、手が離れる。

「彼の存在はそこに在る」

「……行くべきでしょうか」

「私もまた、私でしかない。君のことは、君にしか決められない」

 彼は首を振る。そしてまた顔を彼女に向け、

「しかし、先ほども言った通り君は君だ。彼と会っても、君は君のままでいい。彼を憎んでもいい。彼を認めてもいい」

 先程までと口調も表情も変わらない。けれど、なぜかその言葉に優しさを感じる。

「誰かを想うことは立派なことだ。しかし、自分を想うことを悪だと決めつけてはいけない。誰かのために彼を許さなくてはと言う考えはしなくていい。また等しく、自分の意地のために彼を憎み続けなくてもいい」

 涙がこぼれていた。知らず知らずのうち、レインは魔女やこれまでに変えてきた世界のために彼を許さなくてはいけないと心のどこかで思い始めていた。

 それと同じように、過去を思い出しては彼を憎く思う気持ちがぶり返してくる。

 「かくあらねばということはない。在るがまま、思うがまま自分であれ。悩むことも矛盾することも罪ではない。決めてかかり、考えることをやめてしまうことこそ逃避であり悪だと恥じよ」

「……はい」

 迷いはある。未だ決めきれぬこの思いに戸惑いは消えない。

 だが、それいいと思う。この気持ちのまま行こう。すべてを知ってから、どうするかを決めていけばいい。

「根源ジャジャラ、いつか、いつか必ずこの恩に報いに来ます。自分の決着をつけて、再びここを訪れるとき、何かお手伝いをさせてください」

 彼はまた静かに頷く。

「期待して待とう、わが友レイン。君の旅路に光あれ」

 根源は確かに笑みを持って彼女を送り出す。


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