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ある魔王と呼ばれた少女の旅  作者: 鳥居れもん
12/15

そして生きるということ

「ノワール!」

 ドミニクは仰々しい建物を飛び出すと、周囲を見渡す。レインの姿は当然見当たらなかったが、彼女の忠実な相棒が彼を待つように通りの向こうに控えていた。

 ノワールはドミニクの姿を認めると、鋭く一吠えして走り出す。彼を主人の元へと導くために。

 「ノワール、どうにか君の主人の元へ連れて行ってくれ。なんとしても、彼女に伝えねばならないことがある」

 彼は一つの結論に至っていた。そして、その結論を必ず彼女に伝えなくてはならないと感じていた。彼はこの周辺の地理を思い出し、立ち寄るべき場所を思い描いていた。

 ノワールはまだしも、己が戦場に赴いたところで大した役には立てないだろう。彼は暴力も、権力も持ち合わせてはいない。よって、彼は彼なりのやり方で彼女を死なせないためのやり方を模索し始めていた。


 そこは地獄だった。耳障りな羽音を響かせながらそれらは襲来した。

 飛蝗。

 人の丈ほどもある巨大なそれらは、道中に存在するあらゆるものを食べ尽くす。

 気まぐれか。それとも環境の変化か。怪物達はここへとやってきた。

 隊長達が到着した頃には現地の駐屯兵達はひどく消耗していた。

「きりがない!!」

 一匹一匹に大した恐ろしさはない。体当たりしてくるか、噛みついてくるかぐらいだ。盾で受けて、その隙に首やら腹を刺せば終わる。

 しかし、群れたそれらは一変して恐ろしさを増す。一匹二匹でない塊が飛びかかってくれば、鎧甲冑を着込んだ大人の男とてたやすく吹っ飛ばされる。

「視野を広くもて! 死角を守りあえ!」

 濁流のような勢いで飛びかかってくる塊をなんとか処理しているうちに、気づかぬ所から忍び寄られ、不意を突かれるものも多かった。

「このままでは持ちません!!」

 じりじりと負傷が増え、脱落していく戦士達。それと共に心の中にじわじわと広がっていく絶望感。

 そんな時だった。馬の駆ける足音と怒声と言ってもいい叫び声。

「屈め!!!」

 反射的と言ってもいい。その場で屈んだ戦士たちの頭上を炎が掠めていく。濁流の一部が焦げた何かに変わり、空を覆うような群れの一部にも穴が開く。

 先導してきた部下と共に、レインは馬から飛び降りるとその尻をけ飛ばす。驚いたように馬は走り去っていく。ここにいても無残な死を迎えるだけだ。できれば逃げ切ってほしいと願い馬を見送る。

「ネイサン、なぜ彼女を連れてきた!」

隊長はレインを先導してきた部下、フランシスへと怒声を浴びせる。

「隊長さん、話はあと」

それを遮りながら、彼女はいまだ尽きぬ怪物の群れに視線を向ける。

「指示して。貴方が指揮を取らなくては」

一瞬、何かを言おうとした口を閉じ、すぐに再度開く。

「ヴィクターだ! 名はなんという?」

「レイン」

 隊長、ヴィクターは頷くと声を上げる。

「各員、魔法を使える救援が来た! 彼女を中心に半円形で迎撃態勢! 出過ぎるなよ!丸焦げになるぞ!」

その指揮に戦士達は陣形を速やかに変更。

「ネイサン。フランシス、サリーと共に彼女をフォロー!」

「了解!」

 先導してきた部下ネイサンと共に、大盾を持つフランシスとサリーが彼女の周辺に立つ。

「レイン! 何か言ってやれ!」

 多くの視線が彼女に集まる。それに一瞬戸惑いながらも、彼女は思ったままを告げる。

「生きろ! 人のために死んだりするな!! 自分のために生きるべきだ!!」

 応。で答える軍勢。

絶望的な戦いの中。ほんのわずか。たった一本、蝋燭のような明かりが灯る。


戦士達は半円形に陣取りながら、飛蝗の濁流を受け止める。それらを飛び越えようとするもの、空を飛んでくるものをレインは魔法を行使して薙ぎ払う。

地に落ちてきた怪物共は大抵その時点でこと切れている。まだ動くものは戦士達が止めを刺していく。この流れを何度繰り返しただろう。最早何本目かも覚えていない魔力回復薬を使いながら、レインは鈍い思考をなんとか回す。

当然、戦士達にも疲れが出てくる。隙を突かれ負傷する者、盾で受け止めるだけの体力も残っていない者。またじりじりと脱落者は増えていく。

「左翼、突破されました!!」

 それは最早悲鳴に近かった。濁流がその浮間から殺到し、決壊は激しく大きくなる。

 乱戦。

 魔法を行使できる距離ではなくなり、レインも剣を抜く。体が重い。魔力の使い過ぎもあるが、神経をすり減らす想いで維持してきた戦線も戦略も崩れた。そのショックは大きい。

 一匹二匹。問題ない。三匹四匹。じわじわと湧き上がってくる絶望と恐怖。五匹六匹。気づかぬうちにネイサン達との距離が開く。七匹八匹。息が上がってくる。九匹十匹。切り捨てると同時に、周囲を確認するために振り返る。

足元がぐらついた。怪物の死体を踏んでしまい、身体が傾く。その隙をついたわけではないだろう。しかし、確かにそこへ飛蝗が飛びかからんとしていた。

「レイン!」

 それに気づいたネイサンが、彼女を突き飛ばすようにして間に入る。レインは地面を軽く転がるとすばやく立ち上がる。

「ネイサン!!」

 視界に映ったのは飛蝗の体当たりを受け、吹き飛ぶネイサン。それを確認した途端、彼女は背中に強烈な衝撃を受ける。彼女の体は宙に浮き、次の瞬間には地面へと叩きつけられていた。

 息が出来ない。それと同時に全身へ走る痛み。立ち上がる所か、身体を起こすこともできない。せき込むと地面に血の赤が吐き出される。

 必死に顔起こすと、感情をうかがわせない複眼がこちらに向けられる。急ぐわけでもなく、しかし、着実にそれはこちらに向かってきた。

 終わった。そう思った。

 だが、それは一陣の黒い風のような勢いで飛蝗へと噛み付いた。

「ノワール…?」

 黒い獣は虫の息の根を止めると、彼女の元へと駆け寄ってくる。舌を出し、激しい息遣いをみればすぐにわかる。限界を超える勢いで走ってきた証拠だ。

「レイン! 生きているか!?」

 この喧しさすら、なぜか懐かしく感じる。

 ゆっくりと身体を起こされる。それでも全身がバラバラになりそうな痛みだ。

「もう終わりだ」

 視界に映ったドミニクのその言葉に、やはりもう終わりかと実感する。

「彼等相手にかなう化け物なんかそう存在しない」

 彼等? そう問いかけようとした時、地面の揺れを感じる。

 馬の駆ける音。五か、十か。複数の足音。

 黒の馬。黒の装束。黒鞘の剣を帯刀し、短く細い杖を持つもの。それらの特徴が示すことを彼女は知らない。しかし、彼女以外のその場にいた全員が彼らが何者かを知っている。

「奇跡使い…」

 誰かのつぶやきが耳に届く。それと同時に、黒い集団は杖を振るった。

 生み出された炎は、レインが行使した魔法とは規模も威力桁違いであった。みるみるうちに消し炭と化していく怪物達。

 先頭を走ってきた男がレイン達の横で止まる。

 黒く、かるくウェーブした髪。あごひげと口髭、そして鋭い眼光が印象的な男。

「リズリィ」

 男は後方からやってきた者に声をかける。リズリィと呼ばれた者は馬を下り、レイン達の元へ駆け寄る。眼だけが出るよう、顔に布か何かを巻いているがその目元で女性ということだけは分かった。彼女は杖を振るい、何かを呟く。レインは体の痛みが引いていくのを感じる。

「レイン、君の旅はまだ終わっていない」

 ドミニクは回復を受けながら横たわるレインへ声をかける。

「わかったんだ。この世界の歪みは、見て見ぬ振りすることだ」

 彼は語る。今の彼女に伝えるべきかと言われれば、きっと今ではないと皆が言うだろう。彼女が回復してからでいいと、そういうだろう。

「それが正義だと、大人の在り方だと信じ切ってしまっていることだ」

 だが今言わねばならぬ、なぜなら

「そしてかの魔王が悪とされたのは、見て見ぬ振りが出来なかったからだ!」

 今の彼女の姿こそ

「君と同じだ! 気に入らぬことに知らぬ存ぜぬ関係ないと言えない君と!」

 彼女は驚いたように目を見開くと、静かに閉じた。

「生きろレイン! 君はそれを知ったうえで、彼と相対しなければならない!」

 生きていく中で、世界には矛盾も、不条理も、嫌というほど存在していると知る。それに逐一付き合っていては身がもたない。守ることで失うものも、変えることで破壊されることもある。しかしそれは致し方のないことで。そういうものだと割り切っていかなければならない。

 しかし、それが出来ない者たちがいる。

「もう一度言うぞレイン。君の旅はまだ終わっていない」

 ドミニクの言葉に、彼女は静かに頷いた。


 戦いは終結した。奇跡使いと呼ばれる者達の力によって。

 軍の被害は甚大であった。

「ごめんなさい」

 レインはヴィクターを見つけると、頭を下げた。彼自身が傷だらけであったこともそうだが、レインのために命を落としたものがいる。

「ネイサン……」

 人のために死ぬなといった。だが他ならぬ自分のために死んでしまったものがいる。

「謝ることはない。君がいなければ我々は彼らの到着までもたなかったろう」

 視線の先には眼光の鋭いあの男。ヴィクター達の視線に気づくと、彼はこちらへと歩みより、口を開く。

「友ドミニクの願いにより、我等シイエルパの民は貴殿らに助力した」

「あー、彼等はレイン、君と出会う前に旅をしていた時、出会った人達だ。彼はシイエルパの指導者ウィゴウィル」

 ドミニクが補足するように語り出す。

「ここに来るまでの道のりに彼らの集落がある。僕がここに来たところでできることはほとんどないからね。寄り道して、彼等の力を借りることにしたんだ」

「我々シイエルパの民は友への助力を惜しまない」

「そうか、ありがとう」

「礼はいらない。我々は友ドミニクの願いに答えただけだ。礼は友ドミニクにするといい」

 視線を向けられたドミニクは首を振る。

「構わない、僕がしたことはこれといってない。それより、早く手当をしたほうがいい」

「本当に感謝しているドミニク。レイン、またそのうち落ち着いたら駐屯地に顔を見せに来てくれないか。君にも礼を言いたい連中がたくさんいるんだ」

 レインは迷ったようだが、たしかに頷いた。

 戦士達を見送ると、ドミニクはウィゴウィルへ声をかける。

「友ウィゴウィル、もう一つ頼みがある」

 続きを促すよう、視線を送るウィゴウィル

「根源ジャジャラとの対話を望む」

 そういうと視線をレインへ。

「レイン、覚悟を決めるんだ。 僕は言ったな、かの魔王と相対するべきだと」

 頷くレイン。

「君が僕の言葉を聞いてどう感じ、どうするかは君の自由だ。しかし、僕は君の旅の友として言わせてもらう。かの魔王との対峙だけは、絶対避けるべきではない」

「……方法があるの?」

「彼等の長、根源ジャジャラなら、彼のことを知っているかもしれない」

 その言葉にウィゴウィルは頷く。

「根源ジャジャラは存在を視る。生きとし生けるものに限らず、存在あるものすべてを」

 震え。魔王を思うだけで、あらゆる記憶が、恐怖が蘇るようで。

 ふと、手に温かい感触。ノワールが彼女の手を持ち上げるように頭を擦り付けてきた。

「……行こう」

 勇気をもらえた気がした。

「相対して、どうなるか、どうしたいかはまだ分からないけれど」

 覚悟を決めよう。

 レイン一行はウィゴウィルの導きにより、シイエルパの集落を目指す。

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