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談話部  作者: BlueTlue
談話部~部長が○○すぎて困っています~
9/36

09

 部長が言う喫茶店に着いた。今は出入口のドアの前だ。


 高架橋の斜め下、人通りの少ない往来に鎮座ましますその店は、フランスなどにありそうな、日本には似つかわしくない外見だった。

 とは言うものの、俺はフランスに行ったことがないので、ありそうかどうかはわからない。ただ、レンガがフランスの家屋みたく積まれていたので、そう思ったまでである。

 この店を形容する言葉として、便利なものがある。それはずばり、モダンだ。

 モダン――今風。個々の感性はそれぞれのものなので、どのようなものを今風と称するかはその人による。とどのつまり、俺はその店をモダンだ、と感じたのである。部長は全く違う考えかもしれないし、他の人に訊けば、ダサい、陰気臭い、と顔をしかめられるかもしれない。青二才には名状しがたい店。それが目の前にある喫茶店なわけだ。

 それにしても酸素が足りない。考えがまとまらないのはそのせいかも知れな――

「ゲホッゲホッ! はあ、はあ、はあ……おっぷ」

 ひいひいという音がする。それに吐き気も。それも詮方無い。俺は呼吸困難に陥っているのだから。

 あの後、部長はなにを思ったのか全力疾走を続けた。人気のない路地を、戦国時代の忍のような速さと足運びで。入店するはずの喫茶店を、オーバーランするのではないかという勢いで。行き掛かり上やむを得ず追いかけたが、ついて行くのに精一杯で追い付くことなんてできず、できたことと言えば、曲がり角で口元を綻ばせながらターンする部長を、げんなりした気持ちで眺めながらひいひい言うことだけだった。それが今の状況の原因。

 俺は苦しみを受け入れようとしているわけだ。息切れという苦しみを。けれどもどういうわけか、息切れしてるのは俺だけという……。

「意外に早く着いたな。もう少しかかると思っていたが」

 腰に手を当て、走る前と同じ流暢な調子で話している。店の看板を見上げながら。

「はあ、はあ、はあ……そ、そうですねイタタタタタ……」

 左の内蔵がよじれている。きっと。恐らく。いや絶対。それもそのはず、十分近く全力で走っていたのだから。どうして喫茶店へ行くのに、トライアスリートのような速度で息急き切って走らなければならないのか。汗水漬くとまではいかないまでも、シャツが若干張り付く程度には代謝が捗ってしまった。天地がひっくり返っても納得できるような理由がなければ、俺の不服は収まりそうにない。――正直に言おう。もう帰ってシャワー浴びたい……。

 不平不満が頭の中で渦巻いていると、離れて屈伸していた元凶が動きを見せた。

「さ、中に入るか」

 ドアノブに手を伸ばそうとしている。

「ちょ、ちょっと待って、はあ、ください。息が、はあ、はあ……」

 体力の消耗にへこたれていると、

「だらしないぞ」

 例によって仁王立ち。腕を組んで呆れていらっしゃる。諸悪の根源が。

「部長が、はあ、ふう、おかしい、だけです……」

 男の俺が追いつけない速度で走っておいて、清々しい気分だ、みたいな顔はおかしいだろ。ジャングルに住み着いてる野生児じゃあるまいし。

「まったく……近頃の若い者は」

 ターザ○は近づいてきて、俺の背中をさすりはじめた。

「あ、ありがとうございます……」

 後ろ首にむず痒さを感じ、顔に血が溜まった。

「気にするな」

 と、継続して平手摩擦。

 なんだ、案外優しいとこあるんじゃないか。まあ、変人だから瑕に玉だけど――

「ってどこ触ってんだ!」

 叫びつつ飛び退いた。

 距離を取って警戒の視線を変態に送る。

 ……あ、あ、あ、あろうことか、臀部をさわさわされた。それも痴漢のような手付きで。

 俺の……俺の穢れ無きお月様を。ホント何考えてんだこの人! 

 部長はにこやかに笑いながら外国人のような発音で、

「サロンシップ! サロンシップ!」

「スキンシップだろそれ! サロンシップは今日寝る前に貼るやつだよ!」

 足に六枚は貼るわ! 誰かさんのせいでな! 

『おいお前ら』

 部長はバカにした顔をし、

「はは、誰がうまいこと言えと」

 俺はぷっつんした。

「あんたのせいだろ!」

 人のケツ触っておいて言うことはそれだけか! 初めて家族以外の女性にケツ触られたんだぞ!? 返せよ! 俺の純潔を! 

『おいお前ら』

 俺の憤慨を目の当たりにした部長は、胸の前で手を合わせて悲愴な表情を浮かべる。

「違うんです! 私はあの人に恨みなんてこれっぽっちも……。信じてくださいっ!」

「何の刑事ドラマ!?」

 もうわけわかんねえよ! と叫びだくなっていたら突然、

「らあああああああああああああああああああああああああっ!」

 雷鳴が轟いた。

「い!?」

 耳をつんざく轟音に俺は飛び上がり、

「む?」

 部長は校内放送に気付いたかのように顔を向けた。

 振り向いた先には、デカくて強面のおっさんが仁王立ちしていた。というのは俺の妄想で、実際は背の高いボンキュッボンなお姉さんが立っていた。モデル立ちで。

 雷かと思ったが、「おまえらあああああああああっ!」というカミナリだったようだ。「らあああ」の辺りから気付いたので、「おまえ」の部分が後から追い付いてきたのだろう。

 お姉さんは青筋が浮き上がるような形相で、せっかくの美しいお顔を台無しにしていらっしゃる。というか、すげえこわい。何が怖いって眼力(めぢから)が。眼で殺されそう。

 ちなみにこのお姉さん、にゃんこエプロンしてます。

「入れ」

 メデューサお姉さんは親指で後ろのドアを指し示し、エプロンを翻して店に入っていった。


 ドアの上の看板に視線を移すと、「カフワ」と書かれていた。


     ※


 俺と部長は四人用の席に座っている。部長は窓側、俺は通路側で、対角の位置。客は他にいない。


 店内は窓の外さえ見なければ外国にいるような雰囲気だ。

 最も驚いたことは、レンガで作られた暖炉があったこと。外がレンガなのだから、中もレンガで当たり前ではないか、と思われそうだが、俺は、レンガの暖炉を見たことがなかったのだ。いや、物心つく前に見たことはあったかもしれないが、それより後では記憶にない。したがって俺は目を見開き、入店して最初にそれに目を奪われた。

 あとは香り。馥郁(ふくいく)たるそれに入店した瞬間目が冴えたほどだ。

 しかし俺はコーヒーの香りを語れるほど通ではないので、前々から思っていたことを思考してみる。

 コーヒーの香りで落ち着くことが不思議だ。カフェインは摂取すると、覚醒作用――つまり興奮する。しかしコーヒーの香りは鎮静作用――すなわち落ち着くのである。香りによって集中力を上げるもの、気持ちを落ち着かせるものと種類があるようだが(ブルーマウンテン・グアテマラは鎮静作用で、マンドリン・ハワイコナなどは集中力上昇らしい)、これはおもしろい。

 コーヒーノキ以外にも、人間社会に浸透している植物は多い。食物になるもの、生活に利用されるもの、それらのみでも枚挙に暇がない。だがコーヒーノキのそれは、他のものから頭抜けていると思える。世界的嗜好飲料という点、その理由であるカフェイン依存を用いた種の繁栄。後者のそれは見事という他ない。人間という、自然にとっての害をも利用するその様は、毒を以って毒を制す、と言ったところだろう(カフェインには依存性・副作用・離脱症状・神経毒性があり、中毒を引き起こすこともあるのだ)。

 そう思いながらも、やはり鼻腔をくすぐる香りには勝てない。それが人間である。

 コーヒーの話はさておき、香りと同じくらい気になることがある。それはもちろん先の女性である。

 ジーパンとTシャツに、エプロンといった出で立ち。店に招き入れたところ。それらを鑑みるに、

「部長、あの人ってもしかして――」

「来たぞ」

 訊こうとしたが遮られた。

 振り向くと、さきほどの女性がトレーを持って向かってきていた。

 眼光の鋭い女性は、俺達のテーブルに来て、「スマイル一億円」ともいうべき表情でトレーに手を伸ばし(年は三十手前といったところか)、

「ほらよ」

 すげない声とともにそれらを置いた。コーヒーカップ、ソーサー、ティースプーン。無造作なように見えて、その実手を伸ばしやすい絶妙な位置に据えられている。

 俺はテーブルの四角張った縁に視線をつっと移し、湯気の上っているコーヒーにそっと戻して思い見た。

 ほらよ。ほらよ、とはどういうことだろう。ほら。そら、それと同じような言葉だ。何かを指したり、注意をひくときに用いる。いやわかってはいる。この愛想のあの字もないような女性は、「珈琲をどうぞ」と言いたいわけだ。しかし、しかしだ。おかしくはないだろうか。俺は注文をした覚えはない。部長もまた然りだ。なのになぜ、勝手に頼んでもいない商品を持ってきた? まあ、おおよそサービスといったところだろう。それはいい。それは常識の範疇に納まっている。それよりも俺が最も言いたいことは――言うまでもない。敢えて訊くことがあるとすればそれは、「あなたはその輝くような笑顔でサービス業に身を置いているのですか?」これである。

「兄ちゃん、こういうとこ初めてかい?」

 片手を腰に当て、モデルみたく重心を傾けた姿勢で訊いてくる。

 俺が! いつ! あなたの兄になったのか! 詳しい事情を訊きたいものだ! ……ああ、この店にホスピタリティがないせいか、頭痛がしてきた。

「そ、そうです」

 兄ちゃん……。この人はヤクザか何かなんだろうか。それかレディースとか? 

 こわいこわいこわいこわい。そんな目つきで見下ろさないで。お腹が痛くなるじゃないか。

 俺は怖気(おじけ)を震って、どうにも座りが悪くなってしまった。

「まあ、固くならなくていい。作法とか気にせず、ゆっくり味わってくれ」

 平民を居城に招いた領主の如く、固くなるな、とのたまう。そのおかげで、

「はひ」

 しゃっくりのようにどもってしまった。

 違うんですぅ。そっちの緊張よりぃ、こっちの緊張でガチガチなんですぅ。コフィ味わう余裕なんてないんですぅ。

 どうしてお客相手にタメ口なんだろう。お客様は舎弟ですゴラァってことかな。

 色めきながら返事をすると、(あね)さんは部長の方に向き直った。

「みいちゃん困るね、常連とはいえ店の前で騒がれちゃ」

 みいちゃん……? 何それ。エプロンに描かれたにゃんこの名前かしら。

「すまないマスター。少し羽目を外してしまって」

 組んでいた脚を戻し、落ち着いた様子で気持ち頭を下げる部長。少し。少しね。……あれで? 

 姉貴はトレーを肩に乗せながら、ポージングを反対にした。手足なげえ。

「まあ、ちょうど少ない時間だったから良かったけどね」

 メンチを切るように笑う。俺は戦慄(わなな)いた。

 え……? 怒ってない……? 激おこじゃないの? あ、そう。顔見ただけじゃ虫の居所が悪いとしか思えなかったよ。いや今もだけどさ。

 トレーを下ろして目を輝かせる姐さん。俺は石化した。

「それにしても珍しいじゃないか。みいちゃんが同年代の男連れ込むなんて」

 ふむふむ。連れ込む……。連れ込むっ!? その連れ込むからは痴情のもつれから殺人事件にもつれこむニオイがしますよ!? そこはかとなく! 

 恐怖のあまり発話が辿々しいことになりそうなので、「同年代の男連れ込む」というワードは気にしないことにしたが、さて部長はどうだろう。この手の話題になんと答えるか。

「新入部員なんです」

 殺人事件なんです。と言ってたら俺の目玉は発射されていたかもしれない。マジンガー○の腕みたいに。

「へえ。じゃ、コンパにここを選んでくれたってわけかい。光栄だねえ」

 腕を組みながら田舎のばあちゃんみたいなセリフを吐く。でもばあちゃんなのはセリフだけだ。眼力のせいで極道の妻にしか見えない。

「ここなら、どこに出しても恥ずかしくないですから」

 そう言う部長は、恥ずかしがる様子もなく、堂々としている。

 うわあ、かっけえ。俺もそういうセリフ言ってみてえ。でもそれ、子の結婚を前にした親のセリフでもあるよね。

「はっ、褒め殺しかい? こりゃまいったね……」

 姐さんは両手を腰に当てて目を閉じ、

「よし、好きなケーキ頼みな。サービスだ」

 開眼とともに第三次産業の切り札を発動した。

 マジで!? ホントに!? どれでも好きなの頼んでいいの!? お母さん!? じゃなくてお姉さん! 

 もしかして気前のいい人なんだろうか。違う意味で気っ風のいい人には見えるけど。



 俺と部長はメニューを見て注文をした。したけど部長が、

「お代は払います」

 真剣のような表情で宣言した。

「いや、(おご)らせてもらうよ」

 目を光らせるのは姉貴。

「払います」

 部長は石化しない。それどころか語気が増す。

「だめだ。奢らせてもらう」

 姐さんの眼力も増していった。

 間の俺は風船のようにしぼんでいく。しぼみすぎて執り成すこともできない。

 あの……すいません、なんでそんな意地張り合ってんですか? 果たし合いでもおっ始める気? そんな、互いに譲れないものがあるようには思えないんだけど……。

「払います」

 その目は姐さんに負けていない。合戦前の武将のような眼差し、かもしれない。

「チッ。まあいい。今日はアタシが勝たせてもらうからね」

 舌打ちこええ。なんか勝つとか言っちゃってるんですけど。あと舌打ちこええ。

 姐さんは背を向けてカウンターの奥に戻っていった。部長はそれを見つめ、凛乎たる態度で、

「負けません。絶対に」

 キリリッ。

 何かっこつけてんだこの人。

 喫茶店に到着~マスターとの会話まで、が今回のシーンになります。


 話もテンションも戻り(?)、新しい登場人物の登場でさらに盛り上がりを見せる(?)部長との連れ回しぶらり旅(?)。

 果たして、喫茶店「カフワ」では何が起こるのでしょうか。

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