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談話部  作者: BlueTlue
談話部~部長が○○すぎて困っています~
5/36

05

 気がついた時、最初に目に入ったものは天井だった。

 無機質な格子縞の、毎日何気なく視界に入れている天井。学校の天井だ。

 視線を動かし見渡すと、準備室くらいの広さの部屋だとわかった。

 そして、さらにわかったことは、特別重大なことだった。

 それは、顎がすごく痛い、ということ。加えて、ぶん殴られた、ということだ。

 痛い……痛い痛い痛い。全速力で走って行っていきなり閉じられた扉に顔面から激突した時くらいは痛い。

 そうだった。俺は気絶する前、殴られたのだ。――違う。殴られたから気絶した、というべきか。あれはどう考えてもコークスクリューブローだった気がするのだが、気のせいなのだろうか。

 下顎を擦りながら立ち上がり、どこの部屋なのか確かめようと左見右見した。

 すると、人がいた。

 パイプ椅子やプロジェクター、ホワイトボードなど、会議で使うような備品が取り散らかった部屋の中央に、長机の前でその人は座していた。

 腰まである長い髪は濡羽色。端正な顔立ちは清冽な水を彷彿とさせ、怜悧な印象を与えてくる。丸く縁取られたアンダーリムは、知的で瀟洒なイメージを絶妙なバランスで添えている。

 黒髪ロングのクールビューティー眼鏡|(勝手に命名)は、会議で使いそうな長机に片肘をつき、目を閉じて何事か思案していた。

 そこで俺は情報整理することにした。

 女子に抱きつき、顔を上げようとしたところで殴られ、気絶した。ここまでは思い出せた。しかし、そのあと俺はどうなったのか。目の前の彼女がこの部屋まで運んできたのだろうか。では、俺を殴り回したのは誰だろう。彼女か。それとも他の誰かか。

「あの……」

 とりあえず声を掛けてみた。すると、

「え? ……あっ! 気がついたか!」

 女子はきょとんとしてから、はっとしたように言った。

 俺は場所の確認をしようとして、

「えっと、ここは――つっ!」

 口を開いた瞬間、鈍い痛みが走った。耐え切れず呻いてしまう。

「ここは第二会議室だ」

 女子はそう言って立ち上がった。

「それより、あまり口を動かさない方がいいぞ。殴った私が言うのも何だが……。すまないな、急に抱きつかれたものだから……」

 訥々と語る女子。うつむき、雰囲気が尻すぼみに小さくなっていく。こちらまで気落ちしてしまいそうだ。

 それにしても、あなたでしたか、俺をきりもみ回転させてくださったのは。はは、予想外過ぎて、きりもみ回転しながらきりきり舞いしちゃいましたよ。きりもみしながら、きりきり、ってね。さて、どうしてくれようかこのアマ。

「いえ、俺の方こそすみません。あんなことしてしまって……」

 どうしてくれようも何も、非があるのはこっちだった。驚くのも無理はない、いきなり男に抱きつかれたのだから。手が出てしまっても不思議ではないだろう。……。ないだろうか? ホントに……? コークさんだったけど? 

「いや、あれは私のせいだ。注意が足りなかった……」

 視線と肩を落として気も落とす女子。

 どう考えても俺が悪い。彼女は普通に歩いていただけだが、俺はこそこそして慌てていた。あの時は隠れることしか考えていなかったし、周りなど見えていなかったのだから。

 しかしそれを言うと、話がループする。ここは一つ、こちらが落ちるところを提供することにしよう。

「お互いわざとじゃないんですから、相子ってことでどうでしょう」

 あまり口を動かさないように話し(母音があ・いの時に気をつける)、妥協案を提示した。

 そうすると、

「君がそう言うのなら……」

 仕方なく、といった感じだが了承してくれた。


 女子の提案で椅子に腰掛け、疑問に思っていたことを訊くと、微に入り細を穿ち、丁寧に説明をしてくれた。三年の教室の先にあった第二会議室へ俺を運んだのが自分だということ。教室にいた三年生は反対方向へ行ったので気づかなかったこと。他の生徒にも見られることはなかったこと。

 それらを聞いてから、一番気になっていたことを質問した。

「もしかして、部長なんですか? 談話部の」

 さきほど、「第二会議室」と言っていたからそう思った。

「ああ。まあ、このまま人が入らなければ、廃部なんだが……」

 沈鬱な表情になり急激にしぼんでいく。俺はとっさに言った。

「ぶ、部員は他にいないんですか?」

 しかし。

「……私だけだよ」

 火に油を注いでしまった。

(何か、何か他に話題は……)

 にしても、まさか談話部に向かっている最中に部長に殴られて気絶するとは。いや、それよりも注目すべきは廃部か。俺が見学をしている時に廃部寸前の部。これは運命というやつだろうか。胸が苦しくなるほど切なさの止まらないロマンティストを自負する俺なので、談話部にホーミタイしてもらうべきかもしれない。

 それよりも話題だ。

「か、活動内容は……?」

 談話部なのだから談話に決まっている、と指摘を受けそうだが、俺が知りたいのは詳細な活動内容だ。張り詰めた空気の中、真摯な態度で談話するのか。あくびを誘う空気の中、お茶請けをかじりながら談話するのか。要はゆるいか固いかである。ちなみにお茶請けは固い方を希望。

 俺の言に、女子は腕を組んで考えるようにし、

「そうだな……年齢や学年、立場の差を気にせず、気兼ねなく話をすることが活動かな。ゆるい部だと思ってもらって結構だよ」

 と説明した。「ゆるい部」の辺りから微笑みながら。

 その言葉に耳が反応した。ビクビクッ! ってな具合に。

「へえ。あ、俺まだ部活決めてなくて。部活見学してたんです。質問ばっかりしてすみません」

 少しがっつきすぎたかな、と反省して謝ると、

「かまわないよ」

 と、柔和な表情で言ってくれた。

 ……ふむ。部長の人柄は問題ないな。え。

 部長の優しさにつけ込んで質問を続けることにした。なんなら俺が部長の優しさに漬け込まれてたくあんになってしまってもいい。いやいくないか。

「あの、部活中に他のことしててもいいんですか? 例えば……読書とか」

 これも重要な質問だが。

「顔さえ出してくれれば、特に制限などはないかな」

 意に適う回答だった。

「……ますます俺の求める部活像とぴったりだ」

 独り言のように漏らしてしまった。

 しかしなんというゆるさ。近年まれに見るゆるゆる度ではないだろうか。某ゆるゆる百合漫画もびっくり。でもないか。

 部長は期待の入り混じった表情で口を開く。

「もしかして、入部してくれるのか?」

 その問いに、はっきりと答えた。

「ええ。俺、入部しようと思います」

 そう言いながら自問自答した。

 いいのか俺。人を殴り、気絶させる人がいる部なんかに入って。……いや、あれは事故だ。急に抱きつかれたりしたら、手が出るのは当然、防衛本能ってやつだ。話してみたら普通だったし、そんなおかしな人間とは思えない。それに、これだけ俺の希望に合致する部なんて他にない気がする。これはもう。

「入部届は持っているか?」

 そうそれ。それを出すしかない。

「持ってます」

 そう言った後、入部届に談話部と書き、部長に手渡した。

 手渡しながらふと考えが頭をよぎった。

 これで先生とのおしゃべりは終わりだ。カミナリが落ちる心配をしなくてよくなったのはいいが、それはそれでつまらない気もする。でもまあ、先生が教頭にいびられるよりはましだと思うので、よしとしよう。

「私は戸締まりをして帰るとするよ。もうすぐ下校時間だからね」

 届を渡した後、部長はホワイトボードの後ろにある窓を閉じながら言った。

 壁にかけられた時計を見てみると、六時半が来ようとしていた。五時半頃に談話部へ向かい始めていたので、一時間近く気絶していたことになる。

「ホントだ。そんな寝てたのか俺……」

 ――まさか。一時間近く寝顔を見られていたのか。それは……さすがの俺も少しばかり恥ずかしくもなんともないな。うん、なんともない。少女漫画の恋人役じゃなし、そんなイケメン達の気持ちはまるで理解できない。でも相手がタイプだったら別。頬紅が付くこともあるかもしれない。それはそれ、これはこれ。何事も場合によるのである。

「明日からよろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

 俺のわずかな疑念に感づいた様子はなく、部長はそう返してきた。

 区切りが良いと思ったので、鞄を肩にかけて席を立ち、、

「じゃ、さよなら」

「さよなら」

 と挨拶してから扉へ向かった。

 とにもかくにも、先生に報告をしなければならない。

 「第二会議室」と彫られたプレートを見て、部室を後にした。


 部長と初めて顔を合わすシーンです。

 注目してほしいのは、部長の態度。

 まあ、言わずもがなでしょうか。

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