表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
談話部  作者: BlueTlue
談話部~部長が○○すぎて困っています~
30/36

30

 住宅に囲まれた路地。その途中で三日月さんは立ち止まり、向き直った。

 そして俺と視線を合わせ、真っ直ぐな瞳で、

「志津摩さん、騙してすみませんでした」

 深く、自分に罰を与えるように頭を下げた。

 俺は努めて冷静に、

「それはいいです。俺の方こそ、ひどいことを言ってすみませんでした」

 と言い、礼を返す。

 謝るということは、悠が何を話したかわかっているのだろう。もちろん自分が何をしたかも。しかし俺が聞きたいのは謝罪ではない。

「それよりも、訊きたいことがあります」

「はい」

 返事の後に、三日月さんが顔を上げたのを確認して、質問した。

「三日月さんは、多重人格ですか?」

 はっきりと訊く。聞き取れるように。

 しかしだしぬけの質問は予想通りの効果を発揮し、

「え? ……い、いえ、違うと思います……」

 戸惑いの表情を浮かべさせる。

 それでも続けた。

「一昨日の放課後、何をしていたか思い出せますか?」

「一昨日は……。本当にすみません。実は私、志津摩さんを付けていたんです」

 視線を逸らし、腕をつかむ。

「俺を勧誘するためでしょう。でも俺とぶつかってしまい、気絶させてしまった。そのあと、俺を第二会議室に運んだ。そうですね?」

「はい……すみません」

 さらにうつむいてしまう。

 けれどもう一度、質問に答えてもらわねばならない。

「しつこいようですが、もう一度訊きます。三日月さんは、多重人格ですか?」

 訊くのも馬鹿馬鹿しくなってきたことは否めない。

「ち、違います。確かにあり得ないくらいおかしなこともしましたけど、あれは……」

 口ごもってしまった。

 部長の時のことを言おうとしたのだろう。

「もういいです、わかりましたから」

「ご、ごめんなさい……」

 また下を向く。

 それを見て俺は思った。

 人は誰しも役者だ。古人がそう表現したように。ドラマツルギーでいうパフォーマー。時間、場所、相手によって仮面を選び取り、かぶり分ける。この世界はそれの繰り返し。自我に目覚めた時から終わりまで。舞台裏に戻れるのは独りの時か、眠る時だけ。しかるに、観客は巨万ごまんといる。それも至る所に。役者はあまりにも多くの役を演じ分けなければならない。何度も、何度も。終幕までひたすらに。それはある意味、心を殺す行為だ。自分の首を絞める行為だ。ゆるやかに自殺しているも同じ。それもそのはず、役は自分自身ではないのだから。仮面は本当の顔ではないのだから。自分でない誰かを演じ続ければ、自分を見失ってしまう。仮面をかぶり続けていれば、本当の顔がわからなくなってしまう。しかし、そんなことは露知らず、あるいは無視して、観客は演じ続けることを強いてくる。精神は擦り切れ、感覚さえも麻痺しかけているというのに。そして、束の間の退場は短く、幕間はすぐに終わりを迎えてしまう。動かなくなるまで踊り続けろ、とでも言うように。

 それは幸せなことか? 真に願うことか? 確かに役割は重要だろう。役割をこなすには、演じなければいけないこともある。世の中は役を演じることで回っている――そういうことだろう。だが、その考えはおかしい。――役を演じる? ――仮面を被る? それはもう、諦めではないか。希望はないから諦観している、と言っているようなものだ。それでは、自分を殺す、と言っているも同じ。自ら息を止め、死のうとしていることと同じだ。

 人は役者だ、という言葉は、結果を表現したに過ぎない。結果ゆえの表現であり、結果あってこその表現。その表現は後に作られたものであって、先に存在するべきものではない。

 人は、そんなものに縛られてはならないのだ。

 そんなものに縛られた世界では、個人が介在する余地など、ありはしないのだから。


 自分を殺さなければ、成り立たない世界。

 殺さなければ、自由のない世界。

 そんな世界に、自由はない。


 ――だから。


「俺は、ありのままの部長が好きです。自由で、奔放で、自分を飾らない部長が好きです。でも、俺は三日月さんのことも知りたい。落ち着いていて、教養のあるおしとやかな三日月さんも知りたいんです。……俺は、どっちの部長も好きになりたい。だから――」


 ありのままに。思ったことを。


 できるだけ。自分と相手が、嘘をつかなくていいように。


 心から出た気持ちを、言葉にする。


「――だから、部長、もっと気軽に、話しませんか」

 自分の想いを告げる禎生。

 それを聞いた部長――三日月の心にはどのような、どれだけの感情が湧きだしたのでしょうか。


 次回の投稿をお待ちください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ