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談話部  作者: BlueTlue
談話部~部長が○○すぎて困っています~
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 店を離れてから、モモ&ココを出た後のことを道々考えた。

 部長はまだどこか行くところがあると言い、毎度のごとくふざけてきたが、果たして、あの後どこへ向かつつもりだったのだろう。

 もしかすると、今向かっている場所が、昨日、行きそびれてしまった目的地なのかもしれない。

 それはそれとして、昨日は、店を出た後に悠と行き合い、部長の様子がおかしくなった。豹変、と言うといき過ぎた表現にも思えるが、実際、部長はそれまで自由奔放に振舞っていたにも関わらず、悠に会った途端、広げていた羽を折りたたんでしまった孔雀のようにしおらしくなってしまった。口数も極端に減り、どこかおどおどしていて、自信なさげな様子。……それも当然か。三日月が談話部を作ろうとしていることを知っている悠に放課後に会い、三日月のことをどう思うか訊かれて興味が無いと答え、その後に談話部の部長として振舞っているところに出会ってしまったのだ。正体が露呈することを恐れて当然だろう。正体を隠そうとした後ろ暗い気持ちもあるだろうし、三日月と部長の気質の違いも一般的に見て良い印象を持たれるとは思えない。

 部長はまさにあの時、窮地に立たされていたのだ。

 ――月に叢雲花に風。

 悠に会う前までが思惑通りならそれは部長にとって喜ばしきことであり、悠に会ってしまったことが不慮の事態ならそれはまさに好事魔多し、不本意なことであったろう。

 そんな折、俺が談話部の部長として紹介した。だから、悠の中で、点と点がつながってしまった。談話部の部長ということは、部を作ろうとしているのが三日月さん一人なのだから、この人は三日月さんに違いない、と。果たして、そこまで情況証拠が揃ってしまった部長は正体を暴かれた。あれだけ証拠が上がれば、変装も意味を成さない。ただでさえ眼鏡に髪型変更という、危なげな変装なのだ。勘付かれないわけがない。

 俺が口調を変えた時、涙したのは何故だろう。

 思い寄る理由は、罪を犯して矢面に立たされ、糾弾されることが怖かったからだ。俺を騙して入部したと思い込ませた上、部の活動と称して色々な所へ連れ回し、自由気ままに振る舞って困らせ、あまつさえ二人の女子生徒まで勧誘し巻き込んだ。談話部の関係で騙した人間は都合五人以上だ。別人として振る舞い、周りを騙した人間を数えると結構な数になるかもしれない。部長としては三日月を知らない人間を騙し、三日月としては部長を知らない人間を騙した。ただ、結果として騙すことになったのであって、三日月――部長には、その意図は全く無かったのかもしれない。……いや、実際なかったのだ。だからこそ別人として振る舞うことのジレンマに陥り、俺が掛けた言葉により針のむしろに座らされ、それまで保たれていた仮面が瓦解し、感情の発露に耐えられなくなった。

 それはまさに、一人の人間が別人として振る舞うことの皮肉であり、そうすることへの皮肉でもあった。

 違う人間になど絶対になれはしないと。

 過去を切り捨て決別することなど決して叶わないと。

 そして、変わりたいのなら、それまでを背負い、押し潰されそうになりながらも、足掻き、もがき苦しみ続けろ、と、そう言っているのだ。それを続ければ、いつか、どこかで、何かが変わるかもしれないと。


     ※


 商店街を抜け、しばらく歩を進めていると、住宅街に入った。

 昨日より一回り小さく見える三日月さんの背中を見つめながら、俺は思量した。

 悠の情報によって普段の三日月が部長とかけ離れていることを知った。

 三日月。

 部長。

 容姿に大した差はないが、その気質は大きく違う。

 清楚可憐と自由奔放。

 温良優順と傍若無人。

 その性質は同時に存在せず、また、相容れない。

 そこで俺は立ち返り思うのだ。端倪すべからざる事案ではあるが、三日月は、どれほどの勇気を持って、部長になったのかと。清楚可憐な三日月が、全くもって性質の違う、自由奔放な部長になったのはなぜなのかと。部長の行動の真意は、どこにあるのだろう、と。

 俺が意識を取り戻して話しかけた時、三日月はどう思っただろう。部長にならなければならないと思い、焦っただろうか。三日月だとばれはしないかと緊張し、怖がっただろうか。最初の一言を発するとき、少しでも物怖じしたのではないか。人を騙す罪悪感に苛まれもしたはずだ。

 ふざけている時は、悪いと思いながらも、少しでも楽しい会話ができればと考慮して頑張っていたのではないか。部室から出て、校外に出るまでだって気を張っていたはずだ。校外に出ても、自分を知っている人はいないだろうか、と想見していたに違いない。いきなり走りだしたのは、自分と俺の緊張を紛らわそうとしてやったことかもしれない。カフワに一緒に入店したことは、マスターが言っていたように、誰かを連れ立ってやってきたのは初めてらしかった。初めて一緒にコーヒーを飲んで、初めて他の人と一緒にマスターと話をして、七鳥とも会話した。もしかしたら、七鳥とあんなに話すのは初めてだったのかもしれない。マスターの演奏を聴かせるのも、俺が初めてだったのではないか。図書館に行こうと言い出し、俺が借りている本の返却期限を心配したのも、俺を楽しませようとしてやったことかもしれない。図書館に入って突然いなくなったことも、自分が楽しいと思うことを実行しただけで、他意はないのではないか。そのせいで女の子に迷惑を掛けてしまったことは良くないが、それは部長なりのコミュニケーションだった、とはとれないだろうか。花崎を笑わせたことも、打ち解けようと思ってやったことだ。その時も、嫌われはしないか、なにか失敗はしないかと、不安でいっぱいだったに違いない。花崎と話すのは初めてで、しかも部長として人前で振る舞うのはあの日が初めてだったのだ。そんな状況で、恐怖も何もなく、泰然としていられるわけがない。

 もしかすると、部長は前々から「部長」として振る舞う練習をしていたのかもしれない。自然体で喋れるように何度も予行し、しぐさや身振り手振りも、そつがなくなるまで反復したのかもしれない。第二会議室で独りで。自宅の自室の中で独りで。それくらいの造作をかけなければ、急に自身のあり方を変えることは難しいはずだ。よほどの器用さと柔軟性、順応性があり、加えて最高に機転が利く人物でないかぎりは。でなければ、急激に変化させた気質に違和や不自然さを感じるはずなのだ。少なくとも、俺が見てきた部長はあくまで自然体だったように思うし(俺が人情の機微に鈍感ではないと信じての考察だが)、三日月の片鱗などおくびにも出していなかった気がする。

 ペットショップを出た後、悠に遭遇して、部長は何を思っただろう。あまりの偶然に驚愕し、唖然としただろうか。なぜここでこの人と出会うのか、と嘆いただろうか。部長は焦ったはずだ。慌てたはずだ。恐れたはずだ。自身の正体が露顕することを。いつ三日月という単語が出るかと気が気でなかったはずだ。そんなところへ、俺が決定打を放ってしまった。部長、という悠にとってのキーワードを。

 俺の大声たいせいを聞いた部長はどんな気持ちだったろう。涙を流しながら、何を思っただろうか。ごめんなさい、ごめんなさい、と、心の中で謝罪を繰り返しただろうか。

 涙が独りでに出る、ということは、精神が耐えられなかったのだろう。人を騙したことに対する罪悪感と、そんなことをしてしまった自分の情けなさに。

 小さい頃、悪戯をして母親に叱られ、泣いてしまったことは誰しもあるはずだ。

 幼い時は、母親に裏切られたような気持ちと、思い通りにならない不満とで声を上げてしまうのだが、でもどこかで、なんとなく、自身の罪と至らなさを自覚していた気がする。

 部長の感情は、それと少し似ているかもしれない。

 見捨てられ、自由を奪われ、しかしそれは自身の過ちによるもので、だから己の浅はかさを思い知る。

 部長は――三日月は、そうまでして、変わりたかった。

 変えたかったのだ。自分の世界を。

 つらつらと部長のことを思う禎生。

 言葉もなしにただ場所を回る三日月。


 三日月はなぜ昨日と同じ所を回ろうと思ったのか。

 そして三日月は、最後にどこへ向かうのか。

 禎生と部長――三日月の関係は。

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