23
ドライヤーで髪を乾かし、ジャージに着替えて風呂場を出た。すぐに自室へ向かう。
階段を上がり、部屋に入ると、勉強机の前に据えられた椅子へ、深く腰掛けた。
熱を持った体を内から冷ますため、ふう、と息を吐く。
五分ほど熱が引くのを待ってから、思議を再開した。
部長との遭遇について、ずっと気に掛かっていたことがある。
あの時、俺は談話部を見学するために三階へ来ていた。
そこで部長と出くわし、衝突した。
これは、果たして偶然だろうか。
部の見学をしようとしていたところに、その部の部長と鉢合わせる。確かに、可能性としてあり得なくはない。でもこうは考えられないか。部長は、俺を勧誘するために付けていたと。付けていたから衝突してしまったと。部長と衝突したのは曲がり角直後、壁の間近でだ。付けていたのだとすれば、壁に隠れて俺を窺っていたのではないか。
そのように推測すると、なぜ部長は俺を勧誘しようとしたのか、という疑問が湧く。それはもちろん部に所属していなかったからだろうが、一番の理由は、俺が三日月満月を知らなかったからだろう。
では、部長はそれをどこで知ったのか。それには一つ当てがある。明日、先生に訊いてみることにしよう。
おそらく、部長は自分を知らない人間を探していたのだ。知らない人間を集め、同好会を作ろうとした――そう見做すのが妥当である気がする。
すると、部長は七鳥と花崎にも目を付けていた、ということも言える。
喫茶店でアルバイトをしていた七鳥を見つけ、有名人である自分に一向に気づかない彼女を見て、折を見て勧誘しようと思った。
花崎も、図書館に通い、自分を知らないか否かを事前に調べていた。
だから、行く場所に同じ学校の生徒がいて、そのどちらもが三日月を知らない、という様相となったのではないか。
なんとなく腰を上げ、ベッドにだらしなく大の字になった。
天井をぼんやり眺めながら、思惟に耽る。
……談話部。部はなかった。三日月が作ろうとしているだけだった。ないのも当然だ。三日月は俺と同じ、一年なんだから。もともと部があれば別だが、一年で部長を務めることはあまりないだろう。部を作るには、愛好会・同好会で実績を残して、それが評価されてからだし、入学したてで新設するのは、どう考えても難しい。顧問・構成員を探し、設立申請、それだけでも骨の折れることだろう。
何の気なしに額に前腕を乗せ、視界を狭めた。
あるはずのない談話部に入部することになったのは先生の差金だ。これはほぼ間違いない。なぜなら、先生が報告を受けたからだ。さも談話部という部があるかのように。
談話部という存在しない部の名前を聞いて、担任教師が疑問を浮かべないわけがない。
とどのつまり、先生は談話部という部などないことを承知の上だったのだ。そこから推察できることは、先生は悠に存在しない部を教え、俺を構成員にしようとした、ということだろう。
先生と部長が共謀していたかは不明だが、先生の方は部長の事情を知っていたはずだ。そうでなければ、先生の行動理由が成り立たない。となれば、あるいは先生は、部長に顧問を頼まれていたのかもしれない。
要するに、俺は騙されたのだ。部長だけでなく、先生にも。
先生は言った。「あなたは騙されたと思うでしょう」と。その後で、部長を「変人」と言った。これはおかしい。だまされたと思う、と予言しておきながら、その答えを教えているのだから。これでは、あらかじめ知ってしまっている俺は騙されたと思えない。確かに、第二会議室で部長の変貌を見て騙されたと思った。しかしそれさえも先生は明言していた。つまるところ、先生のあの言葉は、言質であり、「自分にも騙されたと思うでしょう」という、二重の意味を持っていたと推測できるのだ。
それに続く言葉は、俺が感情的になった時の抑止力だ。あの言葉がなかったら、疑問よりも不可解さに困惑し、部長を理解しようとは思えなかったかもしれない。
加えて最後の言葉。あれは先生の切々たる願いだ。
先生が、嘘をついてまで俺に見極めてほしいもの。それは部長という人物。そして――
三日月満月――変人――部長、嘘――談話部、勧誘。
それらの行き着くところが、ただ一つの理由であるなら。
考えを煮詰めた禎生はどのような行動を取るのか。
次回をお待ちください。