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談話部  作者: BlueTlue
談話部~部長が○○すぎて困っています~
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 肉じゃがを口に入れ、次いで白飯を頬張る。その、体が喜びを感じる行為を無心で繰り返しながら、脇に避けておいた思考を正面に持ってきた。

 部長と三日月満月。俺は部長の面しか知らなかった。でもほとんどの人が知っているのは三日月の方だった。なら俺が見た部長は――昨日、第二会議室で話した部長は――なんなのか。

 翻って、多重人格でないと仮定した場合、性格が変わったのではなく、変えた、と言える。故意にしろ、やむなくにしろ。

 そもそも、俺はいつから部長がああいう人物だと思い込んでいたのだろう。

 部長に出会ったのは、三階の廊下で殴られた時だ。でもその時は顔を見ることもできず、気絶させられた。完全に対面したのは第二会議室でだ。そこで会った部長は眼鏡を掛けていて、ふざけたことは言わなかったものの、俺の知っている部長と今ほどは変わらなかった。

 そこから言えることは、部長は俺をだますために髪型を変え、眼鏡を掛け、性格も変えたということだ。課業中は三日月の容姿・性格で、俺と会う時だけ別人になったということ。

 なぜ部長はそんなことをしたのか。三日月だと知られたくなかったからか。なら、どうして三日月だと知られたくなかったのだろう。

「禎生、あんた部活決まったの?」

 唐突に、カウンターキッチンの内側から声を掛けられた。そのせいで少なからず驚いてしまい、図らずも咀嚼そしゃくの甘い肉じゃがと白飯を嚥下えんげしてしまった。

 それにより掛けられた言葉は数秒待ちぼうけとなり、俺が茶を飲んで喉を潤す間宙ぶらりんとなった。

「一応」

 と言うと、ロングの髪を揺らしながら顔を上げ、視線をこちらに向ける。

「へえ、何部?」

 シャツにジーパンというラフな出で立ちにエプロンをかけた我が母だが、夕方までパートだったので見事に化けている。その、遠目に見ると美人に見えなくもない、という顔で、どこの部に入ったかと訊いてきた。

「談話部っていう部」

 答えてから肉じゃがと白飯のコラボを再開する。

「談話部? なんか楽そうな名前ね。お菓子食べながらだべったりしそう。こたつに入って」

 シンクの中でカチャカチャ言わせながらそんなことを言う。

 俺はほんのり苦い人参を味わいながらほんのり苦い嫌悪感を覚えて思った。この親にしてこの子ありか、と。他人事じゃねえ。

「だいたいそんなイメージで間違いないと思う」

 と、嚥下してから言った。こたつには入ってないけどな。

「カワイイ子いるの?」

 急ににやけ笑いを作って訊いてくる我が母。何がそんなに楽しいのかわからないが、ったくこれだからこの母親は、と思わざるをえない。

 俺は牛肉を噛みしめながら面倒臭そうに答えた。

「かわいいっちゃかわいいけど、美人って言ったほうが合ってるかな。……てか俺とその子の二人しか部員いないし。……てか今日わかったけど部活なかったし」

 そう言うと、かいた眉根を寄せ、

「部活がない? どういうことよそれ。ない部活に入ってたってこと?」

 食器乾燥機の中に食器を立てかけながら疑問符を連続で浮かべる。

「まあ、そういうこと、かな」

 自分でも改めて確認した。存在しない部に入っていたことを。存在しない部に入っていたって言葉も今考えると矛盾しているわけだが。

「あんた気をつけなさいよー。今は学生で、騙されても大した騒ぎにはならないかもしれないけど、大人になって騙されたらタダじゃすまないことも多いんだからね」

 食器を洗い流すのをやめて、腰に手を当てて忠告してくる。

 ああ。出た。お得意のお小言が。箸の上げ下ろしにもいちいち苦言を呈されるのは、ちょっとうんざりする。

 折に触れて注意される身にもなってほしいとは思うが、俺が将来子供を持った時、同じように思われることを考えると、親って大変だな、くらいの感想は出てくるものだ。

「へいへい。甘い言葉に騙されないよう、よーく気をつけますよ」

 と面倒臭さを前面に出して言うと、

「はいは一回」

 見向きもせずに言う。

「はい」

 俺は最後の牛肉を口に入れ、白飯の残りをかきこんだ。

 噛みこなして、嚥下し、ほうじ茶で喉を潤すと、

「ごちそうさま」

 手を合わせて挨拶をした。

 そして椅子から立ち上がると、

「今日部活だったの?」

 食器洗いを済ませて手を拭きながら訊いてきた。

「ああ。初日だった」

 高校に入って初めての部活動だったわけだが、それは部活動だと思い込んでいただけでただの放課後遊びだったのだろうか。俺は部活動だと思い込んでいたが、部長はどう考えていたのだろう。

 思考の淵へ落ちかけていると、

「楽しかった?」

 どこか期待するように、そんなことを訊いてきた。

「うーん……」と、俺は唸りながら頭を捻り、「まあ、楽しかったかな、うん」と、色々思い出しながら答えた。

 すると我が母はにぱっと花を咲かせ、

「そっか。じゃあ良かったじゃん。部がなかったのは残念だったけどさ」

 ポジティブシンキングを俺の手に無理やり握らせる。

 俺は言葉に詰まり、されど間を置いて「うん」と答え、握らされたそれをポケットに入れてすっと背を向けた。

「じゃ、まあ、風呂入ってくるわ」

 溜飲りゅういんを下げる。


 白旗である。

 母上登場でした。

 やはり年上の人間――それも母ともなれば人生経験は豊富、ということでしょうか。

 ふとしたことで助言をもらうと、気づかなかったことに気づき、すっとわだかまりが消えることがありますよね。

 そんな助言をくれる人は、何ものにも代えがたい大切な人です。

 そういう人がいることの有り難みを噛みしめて、生きたいものです。

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