16
「触ってもいいよ?」
艶のある声で誘ってくるお姉さん。
俺は期待を隠さずに訊く。
「いいんですか?」
「うん」
ぐふふふふふ、この店、おさわりオッケーだってよ。よっしゃあああ、さわさわしまくるぜえええ。
「抱っこもオーケー」
え。抱っこ? いや、そんなことしても大して嬉しくないんですが。普通そこは、さらに激しい段階に進むんじゃないの? 例えば、あんなことやこんなことやそんなこととかに。
と思春期真っ盛りの妄想はこのくらいにして、現実を生きよう。強かにね。
子猫が五匹、目の前のケージに入れられている。
つぶらな瞳。やわらかい体毛。片手で持ち上げられそうな体。見上げる姿はまさにいじらしさと愛らしさのかたまりだ。みーとかみゃーとか鳴いているのを聞くと虜になってしまうこと請け合いで、現に、世界中の人間が、その愛らしさに魅了され続けているのだから頭が下がる。
本当に、頭が下がっていた。ケージの側にいる人を見て。
「デュフフフフフフフ。ういのう、ういのう……」
これはどうなんですかね。虜って言うより眩惑の域な気がするんですが。いやどこがって血走った目が。ケージの中に腕を入れて、「オフフフフフフフッ、そんなにわらわが好きかえ? そうかそうか!」なんて言いながらよじ上らせようとしてる辺りも。
俺は鉄球の頭を上げて質問を投げかけた。
「抱かないんですか?」
あなたの子どもでしょう? と続きそうなセリフ。でもそう言うと、「何を言っているんだ君は。とち狂ったのか?」と素の表情で返されそうなのでやめておく。ともかく、そこまで好きならいつも抱いているはずだ。我が子のように。
「そうだな。ではでは……」
そう言って、部長はケージの中の子猫に手を伸ばした。
が。
「みゃー!」
飛んできた。子猫が全て。しかも顔面に。
自分から近づこうとしていた部長はそれを避けることができず――
「おぶぶぶっ!」
激突。
にゃんこ全員のユニゾンアタックにより、部長は大きな音を立てて倒れた。
ぶちょうをたおした。トラたちは299315けいけんちもらった。てれれれてってってーん。トラはレベルアップした。レベル2になった。ハナはレベルアップした。レベル2になった。クウはレベルアップしかけたけどだるかったのでやめた。レベル1になった。コテツはレベルアップした。レベル5になった。漱石はレベルアップした。レベル56280になった。え。
「あははははは」
お姉さんはけらけら笑っている。
飛び出した猫は部長に群がっていて、顔をつついたりたたいたりしている。頬をすり寄せているものもいれば、目の上に乗っかっているものもいる。
「ドゥフフフフフッ。もふもふや、もふもふのオンパレードやあ……」
表情はよく見えないが、口元からとても満ち足りているのだけはわかる。わかるけど……みっともなさすぎだろ。
「何やってんですか……」
あまりの見苦しさに目を閉じたくなってくる。これで部長だって言うんだから、おかしくて窒息してしまうよね。
「いつもこうなるんだよね」
しょうがないなあという顔で、でもどこか楽しそうに、子猫を抱き上げケージに戻していく。
「そうなんですか……」
苦笑しつつ答え、思考を巡らした。
もしやここにいるわんこやにゃんこは、部長をストレスのはけ口にしているのでは……。そうは言っても、部長が彼らに癒やしをもらい、心の糧としていることは疑うべくもない。なら、そこには相互扶助の関係が成立しているということだ。つまり……。昼ドラみたいにドロドロの関係ということですね、わかります。
身も蓋もない結論に至っていたら、もふもふパーティの主催者がむくっと起きた。
立ち上がり、制服をはたいて、清々しい顔になる。
「ふ、弟子たちもやるようになった。だがあと一歩が足りんな」
どっかのカッシュさんを見守るマスターのようにドヤァする。
「いや、負けてましたよね? ほぼ一方的に」
にゃんこ師匠されるがままでした。
そう言うと、腰に手を当て、
「わかってないな君は。あの状態こそが、私の勝ちなんだぞ?」
ヘリクツきたー。ほんとああ言えばこう言うなこの人。
俺は仕方なく納得し、
「はいはいそうですね。確かにあれは、部長にとっては勝ちかもしれませんね」
癒やされるためにここへ来ているなら、あの状態はまさに快勝だろう。でもわかってんのかな? とんだ冷やかしだってこと。詳しい事情は知らないけどさ。
「じゃあ引き分けね」
とお姉さん。
「いや、負けるが勝ちと言いますから」
と部長。
「もういいですから部長」
勝ち負けとかもういいから。お姉さんも忙しいんだから。そう思って言うと、
「それはいやなの!」
意味不明なタイミングでプイッ、された。
俺は困惑し、
「いや、黙れって言ってないんですけど……」
苦笑を浮かべる。
すると部長はハッとし、
「あ、間違えた。ごめん……」
急に謝られた。やっちゃった、という顔で。
俺は混乱してわけがわからなくなり、
「ま、間違えた……? あ、ああ。まあ、間違えることは誰にでもありますから……」
突然のしおらしさに動揺を隠せない。だが、この程度で思考が停止するほどやわではない。俺は冷静沈着、臨機応変をモットーとする、大人な高校生紳士なのだ。例え相手が変人であろうと、感情に支配されることなどあってはならない。絶対に。天地神明に誓って。
「とりあえず私の勝ちという事でい」
「だまれえええええええええええええええええい!」
おねいさんと組んず解れつの楽しいスキンシップ! ……というのは誰かさんの妄想で、実際に組んず解れつしていたのは部長とにゃんにゃんおたちでした。
にゃんこ、かわいいですねえ。子猫は特に。
猫はときおり見せるしぐさやおもしろい所作が本当に愛らしい。
しかし――
飼えないんですよねえ。
うち、わんわんおがすでに一匹いるので。
悲しいかな、犬一匹世話するだけで私は精一杯なのです。
まあ、犬もいいですけどね。
なんと言いますか、あの、従順なかまってちゃんぷりが(かわいいという意味ですよ?)。
私は犬も猫も好きです。
共に生きる仲間、家族、と言えます。
しかし、共に生きる仲間とは言っても、人を犬と呼ぶのは良いことではないですね。
部長のブラックジョークですが、読む人によってはいい気持ちはしなかったかもしれません。
そこはこの場を借りて謝罪させていただきます。
申し訳ありませんでした。