15
件の女の子に謝罪をした後、図書館の自動ドアをくぐった。
人通りのまばらな歩道から西の空に視線をやると、太陽は見えなくなっていた。残るのは炎のような残照だけである。
心静める陽光を見、七十年代の名曲に思いを馳せていると、部長がおもむろに言った。
「召使いがほしい……」
よーし。どうしよっかなー、このバカ。一時間くらい無視してやろうか。そしたら多少はおとなしくなるかもしれない。
部長はポンッと手を叩いて振り返ったかと思うと、
「あ、もういたわ一匹」
プッチン☆
「匹とか言うなッ!」
野放図に相好を崩した部長に堪らず叫んだ。
こ、こいつ……。人のこと家畜呼ばわりか。それとも卑しい奴って言いたいわけか? 俺が紳士じゃなかったら胸倉つかまれててもおかしくないぞ。まあいい。いいからとにかく……こっち見んな。
「ということで、付いてきてくれ」
言うが早いか諾否も問わず歩き出す。
何がということでなのかさっぱりだが、もしかすると部長は、また一人部員を増やす気でいるのかもしれない。それはもうあれだ。被害者にはご愁傷様と言う他ない。
ありがとう。
※
ただ横行しているだけなのでは……。そんな疑問を胸に歩んで着いたところはと言うと。
ペットショップでした。
ああそう。そういうこと。俺は犬や猫と変わらないと。そう言いたいわけですねおどれは。
学校から一番近い商店街にあったその店は、小じんまりした大きさで、看板にはこう書かれていた。
――ペットショップ モモ&ココ――
モモの文字の上には猫の、ココの文字の上には犬のシルエットが描かれていて、モモとココはモモとココの上に乗っかっている。
……も、モコモコ?
なんて考えていたら、ふてぶてしさの権化が力を発揮した。
「さ、仲間を探しに行くぞ?」
輝くような期待に満ちた笑みを湛えてこちらを向く。
「仲間って言うな……」
さっきから畜生畜生ってこん畜生め。
俺の静かなる怒りを聞いてか聞かずか、一人自動ドアをくぐる権化。それに続いて入店する。
すると、店内は外と一線を画する様相だった。
言うなれば、それはペットワールド。
ペットの、ペットによる、ペットのための世界。まさしくそれが形成されていたのである。
俺は普段目にすることのない空間に呆然とし、半分思考を停止したような状態で視線を動かしていった。
子犬や子猫が入れられたショーケースがずらりと並べられ、ペット用品を囲むように配置されている。
犬のスペースでは……。赤・緑・紫・黄色に袋が彩られたドッグフード。ササミや骨のおやつ。シンプルなものや派手なもの、かわいらしいものまである水入れ・餌入れ。蛍光色に光る首輪・ハーネス・リード・名札やタグ。おもちゃは投げるもの・光るもの・噛むもの・音の出るもの。お出かけ用のキャリーバッグ。大小様々な小屋・ケージに、ベッド・ソファ・ブランケット。加えてTシャツ・帽子・レインコート・靴類・リュック。トイレシートなどの衛生用品。ブラシ・くし・バリカン・トリミング用品・爪切り・シャンプー・リンス。
猫のスペースでは犬と似ているものもあるが……。おもちゃはまたたび・猫じゃらしを模したもの、魚・ねずみに似せたぬいぐるみ。先についた羽のようなもので猫を釣り上げる竿。ノミ・ダニ予防の医薬品。ちょっとした城かと見紛いそうなキャットタワー。トイレ本体と猫砂。
多数多量、大量厖大、とでも言えばいいのか。一言で表すなら……そう、盛りだくさん。「当店は他店にない品揃えの豊富さを売りとしております、はい」ってな感じだ。
それらを見てふと思う。
(にしても犬と猫って……人と変わらないじゃん。犬猫は動物の中でも上流階級なのかな。……あれだな、コーヒーと似てるわ、犬と猫)
人と獣の共存、その形の一つを思い、植物との類似点を見つけ、面白み感慨深い気持ちになった。
「いらっしゃいませー」
ミディアムのお姉さんがカウンターから挨拶してきた。青眼の目付きで。
お姉さんはいろいろとミディアムで、しかも店と客をつなぐミディアム(媒体)でもある。あんまりミディアムミディアムしてるせいで、あだ名はメディアさんにしよう、なんて思ってしまったくらい。(……二十一。間違いない)
「いらっしゃい、みーちゃん。今日も来たね」
いわゆるスマイル0円とは毛色が違う、親しみのこもった表情を向けるお姉さん。またか。またこのパターンか。もう慣れてきたぞ。この予定調和。
「はい、一日一回はここに来ないとやってられ落ち着きませんから」
言い直したよね? 今絶対言い直したよね? やってられないとか言いそうになっただろ。
「ふふ、ここの子たちも嬉しいって」
部長の急カーブを物ともせず、微笑みを絶やさないお姉さん。さすが王女。
確かに部長が入店した途端、ショーケースの中の犬やら猫やらが賑々しくなった。今でも、四方八方のにゃんことわんこが壁ドンを繰り返している。(……壁ドンじゃねえな、ショルダータックルだな)
ひっきりなしにぴょんこらぴょんこらするさまはまさに大騒ぎで、この現象を名付けるとしたら、わんにゃん狂想曲、もしくはわんにゃん狂騒曲が妥当なのではないかと思う。ちなみにわんにゃんラプソディーだと語感はいいが間違いで、この場合はわんにゃんカプリッチョが正解(ラプソディーは狂詩曲だから)。多分、甘噛みされまくることを表現した曲なんだろうなあ。カプッ、キュン。
「嬉しさなら、私の方が数段上です」
とりとめのない思考に没頭していたら、例に違わず意地を張りだした。昂然と腕を組んで、得々たるご様子である。
なんでこの人は店員に対抗したがるのか、と疑念を抱いて行動パターンを読んでいると、
「そんなことないよ。みんなみーちゃんのこと、うずうずしながら待ってるんだから」
なぜか乗ってくるお姉さん。王女はどこ行った。王女は。
(……にしてもそこまで懐いてんのか。どんだけ通ってんだこの人)
「それでも、私には敵わないと思います。なにせ私は夢の中にまで出てくるくらいですから」
ふふん、と胸を張る。なぜそこで自慢気なのかがわからない。
ははあ、つまり部長の頭の中がわんにゃんカプリッチョということですね。毎日ベッドの中で毛むくじゃらに囲まれて、モフモフモフモフモフモフ……。幸せな人だなあ。
「まあいいよ。それは実際にやってみればわかることだしね」
てな感じで好戦的なメディア様。今度は何が始まるんだろう。わんにゃん大戦争でも起こす気?
脳内で戯けてばかりいると、メディア様がこちらに視線を移してきた。そしてまた部長に戻し、
「ねえねえ、さっきから気になってたんだけど、この人ってみーちゃんの彼氏?」
降って湧いたような疑問を投げかけてきた。
おおっと。なかなかの直球で来ましたねお姉さん。そういう、大胆な女性も好きですよ? とジゴロぶることはできず、「はにゃ!?」とキョドってしまう。心の中で。
部長は少し眉根を寄せてから、まあそんなところかな、と言うように、
「そうですね……。犬未満、彼氏未満といったところです」
「おおいッ!」
それ未満しかないぞ! 犬ですらないってことか! さっきと話違うぞ!
俺が反駁しかけると。
「あ、やっぱりー?」
やっぱり!? やっぱりってなんだこら!? 年上だろうと容赦しねえぞ! いいんだな? 俺を挑発して! どうなってもしらねえぞっ! ……う、うっ、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁん!
心内でしばらく泣いた。
……う、うっ、ぐすっ。泣いていても仕方ない。打ちひしがれてるだけじゃ、世界は変わらないんだ。変えるためには、自分が変わらないと。
空気を知らない部長に期待はせず、自分から動くことにした。
「はぁ。俺、新入部員なんです」
はぁ。俺、練乳プリンなんです。……うん、練乳プリン。ほら、甘いでしょ? すごく。こんな部活に入っちゃって、ホント考えが甘いなーって。そう思ったの……。も、り、○がー。
「へえ、そうなんだ。良かったね」
お姉さんは部長を見て朗らかに笑った。
それに対し部長は、今まで見たことのないような顔でにっこりする。
「良かったな、志津摩君」
「なんで俺のこと見てんですか。部長のことでしょうに」
そんな、私も嬉しいよ、みたいに言われてもリアクションに困るわ。
「ふふふ。いい子で良かったじゃない」
くすくす笑ったあと、部長に向けて言う。
どこか照れくさそうに部長は破顔して。
「ええ。良かったです……」
それを見て、あたたかい気持ちになった。
そっか。部長、俺が入部したこと良かったって思ってくれてるんだ。まあ、廃部を免れる事ができたんだから、多少は感謝されてるだろうと思ってたけど、こうやって誰かの目の前で言われると感慨深いっていうか、ちょっと恥ずかし――
「いい子でいられて」
なんでやねーん。
「それじゃさっきと逆でしょうが! いい子は俺のことですよ!」
あべこべだよ! とんちんかんだよ! ほめられてねえよ!
と指摘したら急に軽蔑するように白眼視し、
「うわー。自分で自分をいい子とか……どんだけナルだし……。キモー……」
突然現れたギャルを前に、俺はこう言うしかなかった。
え、え、えー……。
部長に誘われてペットショップを訪れるシーンです。
今読み返してみると、なぜかミディアムのお姉さんとお近づきになりたくなりました。
優しいおねいさんの包容力はいつの時代も最強です。
かと言って血のつながったお姉さんはあまり欲しいとは思いません。
いやどうだろう。美人ならありだろうか。しかしな……。
というふうにおねいさんとお姉さんについて考えだしたら果てしがなさそうなのでこの辺で。
ミディアムのおねいさんをどうぞよろしく。