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談話部  作者: BlueTlue
談話部~部長が○○すぎて困っています~
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 俺がいつも行く図書館はでかい。かなりデカイ。東京ドームの半分くらいの面積がある。

 でかいということは中が広いということだ。本棚も多いが、床も多い。もちろん多いのはそれだけでなく、人も多い。赤ちゃんからご老人まで、利用する人もとにかく多いのだ。

 そんな懐の深い図書館に、俺達は迎え入れられた。


 入館し、まっすぐ本を返しに行った。

 返却が終わり、さあ出ようかと足を動かし始めてやっと気付く。

 ……ヤツがいねえ。

 周囲を眺め回すも、某が某をそれと見て取ることはでけなかった。

 俺の後ろについてカウンターまで来ていたと思ったが。まさか迷子だろうか。放送でもしてもらわないといけないのだろうか。それか迷子センターか。いい年をして迷子とは、呆れ果ててものも言えない。

 放送は知らないが、図書館にそんなものがあるはずもない。自分の足で探すしかないだろう。

 まったく、猫じゃないのだからあまりのびのびしないでほしい。


 館内を一周するかという時、奥の方の席でそれと思しき影を見つけた。本を(つくづく)と読んでいるらしく、こちらには気付いた様子がない。横には分厚い本が(うずたか)く積み上げられており、少し近付くと、それが図鑑であることが見て取れた。

 部長は、めり込むかと思うくらい図鑑にのめり込んでいた。つんのめるようにしてページを凝視している。

 表情と声に意識を集中してみると、

「おふぅ……なんて見事な。こいつは市場で、六十万以上の値で買われたに違いない。肩ロースは舌が蕩ける旨さだろう。じゅるるる」

 にやついている。肉用牛の写真を見ながら。

「ほふぅ……これはいい筋肉。こいつならスパイラルでもバラけずに付いて行き、末脚の良さで差し切れるだろう。ぐふふふふふ」

 ほくそ笑んでいる。競走馬の写真を見ながら。

 今や部長は、俺の頭痛の種である。それもラフレシアの花の。

「デュフフフ。ルーたん、かわいいよルーたん。ハァハァ……」

 かわいいよね、カンガルーハムスター。俺も小学生の時に図鑑で見て、(……なにこのかわいい生物!? マジほしいんですけど……!)って思ったよ。今思えば、あれが初めて萌えを感じた時だったのかもしれない。小動物を愛でることを始めた人は、萌えの先駆者なのかもしれないな。

 それはいいとして、あの人止めなくて大丈夫かな? 今にも図鑑ペロペロしそうなんだけど。

 我が部の長は気移りが激しいらしく、今度はアリクイに食い入るようにかぶりついていた。

 ……ああ。なんだかこのまま放っておいたら、其の筋の人が来そうな気がしてきた。どうしてよりによって、反対側の席に小学生|(多分低学年)がいるんだろう。

 部長はアルマジロの項目をまじまじと見つめ、

「アルマジロの肉は食用として……マジで?」

 とか、

「マジかあ、キルキンチョかあ……なるほどなあ」

 などとほざいている。

 キルキンチョってなんだ……。なんかクリキントン食べたくなってきたんだけど。

 空腹を嘆いていても仕方ない。とりあえず、女の子の様子を見ていよう。

 俺は幼気な女の子の心を読むことにした。

(このおねえちゃん、なんでさっきからニヤニヤしてるの? なんで? それにひとりごと言いながらわらってる。――あっ、も、もしかして、お母さんが言ってたフシンシャって人かな? お母さん、フシンシャには近づいちゃだめって言ってたよね……。ああ! たいへんだ! 早くはなれなくちゃっ!)

 俺のシンクロ率は100%を超えていたようで、女の子は敏捷(はしこ)い気象を見せ、目の前に広げていた本や筆記用具をあくせくと片付け始めた。

 それを終え、光沢のあるランドセルを背負うと、うるうるした目で席を離れていった。

 なんて傍迷惑な……。仕方ない、なるべく被害が出ないように、俺が反対側に座ろう。

 そう考え、適当な本を抜き取って席に座った。


     ※


 座してから数分が経過した。

 俺は高度な物理の本をめくっている。

 タイトルは「物理のシャンプー 力学・波動編」。読み進めるごとに頭を締め付ける万力のネジが回っていく、それほどに興味深い内容だ。

 にしても、シャンプーというタイトルが甚だ以って疑問である。シャンプーだと、きれいさっぱり洗い流されてしまうと思うのだが、気のせいだろうか。些事に囚われるべからず、という意味だろうか。……ふむ、よしわかった。流すことにしよう、疑問と読書を。

 そういったインテリ(もどき)の思考にも、読んでいるふりにもいい加減飽きてきたのが現状である。

 部長はずっと静かだ。あれから一言も喋ってはいない。未だ俺に気付いた様子はなく、話しかけてくることもない。

「ぷくくくくくくくく」

「!?」

 突然、隣の机から声が聞こえてきて、一方ならず驚いた。

 気を落ち着け視線をやると、見も知らぬ校友が腹と口を押さえて笑いこけている。

 ――まさか。そう思って顔を向けるが、部長はさっきと変わらず、血眼になって図鑑をにらんでいた。

「ははははそうかそうか。そんなにお前は私とにらめっこがしたいのか。よーしよしよし……だるまさん、だるまさん、にらめっこしましょ、笑たら負けよ、あっぷっぶふっ!」

 蛇だろうか。今はページが見えないのでわからない。ないしは蛙かもしれない。

 部長はくすくす笑っている。件の生徒も同様だ。

「いやあ、マジ吹くわ―。さすが福さんだわー」

 もしやふくろうなのか? はたと思った。

 それにしてもおかしいな。何かしていると思ったのだが。

 そう考えながらも、ひとまず視線を本に戻した。

 波動編。波動。波動。……だめだ。どれだけ波動方程式を見ても、次元波動爆縮放射機じげんはどうばくしゅくほうしゃきのことばかり考えてしまう。波動という漢字が伊達すぎるのがいけないのだ。

「いひひひひひひひ」

 また隣から声が上がった。今度は机に伏して体を震わせている。

 すぐに部長の方を向いた。しかしさっきと変わらない。あたかも本の虫の如し、を体現しており、こちらにはまったく気付いていない、ように見える。

 頁に視線を落とす。

「いひひひひひひひ」

 だんだんと老婆の魔女がせせら笑ってるようにも聞こえてきた。

 顔を上げる。変化なし。

 本を見る。

「いひひひひひ」

 上げる。

 戻す。

「いひひひ」

 上げる。

 戻す。

「いひひ」

 上げる。

 戻す。――と見せかけて上げる! 

「いひひひひひひひ」

 パチパチパチパチパチパチパ――

「あ」

 部長はウィンクをしていた。それも連続で。「私に気付いて」とでも言わんばかりの表情と、アイドルのやる、首を傾げたポーズで。

 俺は頭に虫が湧くかと思った。

「……何やってるんです」

 そう訊くと、

「ん? ちょっと目にゴミが入ったみたいでね」

「ぶっ!」

 女子が吹いた。あんたさっきから受けすぎだよ。そのうち注意されるぞ。

「周りに迷惑です。さっきだって女の子が――」

「ああ、あの子にはひどいことをした……」

 目を閉じ、顔の前で手を絡ませる。

 一昔前の映画かドラマにありそうなセリフとしぐさだ(しぐさはまさにゲンド○さん)。

「トラウマものですよあれは」

 あの子が中学か高校に上がった時、言い知れぬ恐怖に駆られて不登校にでもなったらどうする。あんな、将来有望なロリ美ゲフンゲフンキュートな子が。

 俺が言うと、部長は絡ませた手を解き反論するかのように、

「違うんだ。最初はちょっとからかうつもりだったんだ。だがあの子の反応が面白すぎてな、つい度を超えてしまった。後で謝りに行かないとな……」

 最後のもなんか聞いたことあるな。わからんが。

 それはともかく、余計質悪いよそれ。わかっててやったってことだろ? いたずら小僧か。デニスみたいに狙うのはウィリーさんだけにしろよ。

「そうしてください。とにかく、周りに迷惑をかけないよう頼みます」

 ……あれ? おかしいな。この言い方だと、俺ならどんどんオーケーよ? みたいに聞こえるのはなぜ? いやいや、周りっていうのは俺も含めてって意味でさ、どんと来いってことじゃないのよ。なんで俺だと大丈夫、みたいな流れになってんだ? おかしいじゃない、責任者出しなさいよ、責任者! 

 俺の素朴な疑問は露知らず、部長は「キルキンチョ!」と返事をして図鑑に視線を落とした。


     ※


 それぞれがそれぞれの目的のため、意識を一点に集中する。その、どこか不思議で静謐(せいひつ)な空気の中、

「いひひひひひひひ」

 あぁ、またか、またなのか。ホント、期待を裏切ってくれないよね。

 でも、さっきよりはましだ。今度は何をする気なのかなんとなくわかってるから。

 というか、今度は初動から気付いた。だってね、目の前に座ってる影がだんだん消えていったんだもの。すすすーっと。

 思うに、部長は現在、四つん這いで机の側を移動中だ。もぞもぞと。そして、徐々に俺の席へと近づいてきているはずだ。

 三つ予想を立ててみた。

 一つ目は、手で両目を塞ぎ、だーれだ? と言う。

 二つ目は、脇をくすぐる。

 三つ目は、肩を叩いて頬をつつく。

 三つ目のそれは、気を引いておいて指で頬を突き、してやられた感と顔を触られる不快感を同時に相手に与えるとんでもない技である。人を愚弄するにはもってこいの技でもある。技名はペーンデヤルートアブナイヨー。ラシイヨー。

 対処方法は、くすぐられた場合はすぐに抵抗し、脳天チョップでも入れてやればいい。肩を叩かれた場合は、首を動かさなければ問題ない。目を塞がれた場合は冷静に対応だ。

 と考えていたら視界の端に物体Xが。まさかの匍匐(ほふく)前進。そのやる気にはただただ脱帽するよ。

「いひひひひひひひ」

 やめたげてよお! もうあの子の腹筋は崩壊済みよ! と言うべきな気がしてきた。

 まあ、ここで、「何してんだ!」と叱ってもいいんだが、俺は将来寛容なお父さんになりたいので、気づいてないふりに徹しようと思います。ハイハイしてる頃はあたたかく見守ってあげないといけないって言うしね。

 一児の親になる覚悟を固めていると、背中に寒気を感じた。

 背後から這いよってきたそれは、俺の背中に沿って何かを動かし、

肩の辺りで動きを止めたかと思うと……。

 ポンポン。

 そこで俺は勝利を確信した。

(ふ、そう来たか。だがしかし! 来ることがわかっておれば、避けることなど造作も無いことよ!)

 トントントン。

 ぬるいわっ! 

 ――無視! 

「くくくくく」

 タンタンタン。

 たわけがっ! 

 ――黙殺! 

「ふふふふふ」

 ペシペシペシ。

 馬鹿めがっ! 

 ――知らんぷり! 

「ぷぷぷぷぷ」

 テシテシテシ。

 この下郎がっ! 

 ――素知らぬ顔! 

「ひひひひひ」

 バンバンバン! 

 だからお前はアホなのだっ! 

 ――ネグレクトゥッ! 

「へへへへへ」

 バシッバシッバシッ! 

 俺は……神だ。

「いひひひイテテテテテッ」

 ……。

 延々と無視し続けた結果、肩を叩く手が止んだ。

 ふっ、どうやら我の勝ちのようだな。彼奴もこれで器の違いをわかったろうよ。ふふふふ……。

 なんて思っていると、

「ぶふっ!」

 両頬にぴと、という感触。さらに、

 ツンツン、ツンツン。

「ふひひひひひひひっ」

 あははぁ、なんで両側に感触があるんですかねえ? おかしいですねえ? 

 ――って。

「それ反則だろうがコラァ!」

 手をはねのけ立ち上がった。そして脳天チョップを食らわせようと手刀を思い切り振り上げ。

「あははははははははははははは」

 バンバンバンバンバンバン! 

 振り下ろされたのは彼女の手で、ゆえに俺のそれが空を切ることは遂になかった。


 ……どんだけ笑うねん。

 お世話になっております、舞上戸です。

 大魔王登場かと思いきや、(爆笑)大魔神登場でした。

 新キャラ、第二弾です。

 いつもニコニコしている女の子ってかわいいですよね。少なくとも僕はそう思います。

 でも純粋にニコニコしているのがかわいいのであって、お腹が真っ黒な子がいつもニコニコしていてもこええよそれ、となってしまうのが現実世界であります。

 そして後者の割合のほうが現実世界では圧倒的に多いのではないかと思う、疑り深い私。

 そんなことを一切気にせず、白も黒も確認すらせず清濁併せ呑んで行きていけたらどんなに楽でしょうか。

 しかしそれでは人生つまらない。

 こちらの飲み物を見て、あちらの飲み物も見て、どちらが白かな、どちらが黒かな? それともどちらとも白、または黒かな? と悩みながら選択することが人生の興趣、醍醐味なのです。

 ある人気マンガの作者はタイトルでこんなことを言っていました。

「ギャンブルのない人生なんてわさび抜きの寿司みてぇなもんだ」と。

 ――正鵠を射る。

 まさに言い得て妙だと思いました。

 どう転ぶかわからない選択、それが人生にいい塩梅で刺激を与えてくれるスパイスだと。

 みなさんも、毎日の洗濯――じゃねえ、選択を何気なく行うのではなく、確たる意識を以って行ってみてはどうでしょうか? 少しは人生がおいしく、刺激に満ちた味に変わるかもしれませんよ。


 長々と失礼しました。

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