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談話部  作者: BlueTlue
談話部~部長が○○すぎて困っています~
1/36

01

「……好きだ、志津摩君」


 第二会議室――それは談話部の部室だ。

 室内には長机がコの字の形に並べられ、その外側にはパイプ椅子が配置されている。

 奥の席は部長の席であり、背後にはホワイトボートが置かれている。その後ろはアルミサッシの窓だ。

 入り口から見て左の席が俺の席。その左後ろの隅には掃除用具入れが据えられている。

 その、自分の席で、俺は解離状態になっていた。

 言い換えると、夢中になって読書していたわけである。

 研ぎ澄まされた集中力で活字を吸収していき、どれだけ時間が経ったかもわからなくなり、悟りも開けそうな境地を保っていた時、それは起こった。

 ボソッと、奥の席から雑音が聞こえたのだ。

 それにより俺の解離状態は解かれてしまい、うんざりと意気消沈のダブルパンチが胸を打った。

「はぁ。そうですか……」

 俺は十二分に溜めたため息を吐いて相槌を打ち、さらに言った。

「今読書中なんで黙っててくれませんか?」

 と。

 が。

「それはいやだ!」

 プイッ! 

 顔を背けられた。駄々をこねる子供のように。

 図らずも、「はあ?」と言いそうになった。しかしなんとかこらえ、その代わりに精神性の頭痛に襲われた。

 突然の頭痛に顔をしかめ耐えていると、

「思ったんだが、話に乗らないのはだめだ。部活動だからな」

 部長は悪びれもせず平然と言う。ポニテを揺らしながら。

 ……そう、これは部活だ。俺が部員である以上、活動に参加しないわけにはいかない。わけにはいかないが……、それはいやだってなんだよ。

 俺は貧乏揺すりをなんとか自制して言った。

「……わかりましたよ」

 渋々本を読み止して鞄にしまう。

 部長でなければ命令されても聞かないが、この人は部長なのだ、まじで。……マジで? 

 どうせふざけているだけだと思うので、適当に話を合わせることにした。

「じゃあ、どこが好きなんです?」

「それは、かわいいところとか……」

 なぜそこで恥ずかしがりだすのか理解不能。なぜそこで人差し指をツンツンしだすのかも理解不能。わっけわからんぬ。

「そうですか。そんなに好きですか」

 俺が言うと、部長は急に恍惚とした表情をし、

「……結婚したい」

「ぶっ!」

 吹き出した。

 それを見た部長はいやそうな顔をし、

「志津摩君きたないゲソ……」

「すみません、つい……」

 ってなんで謝ってんだ。悪いの部長だろ、と気を取り直し、

「それよりも部長」

 溜めてから言う。

「ふざけるのもいい加減にしてください」

 すると急に視線を合わせてきて、

「本気だ」

 ギラッ。かっと眦を決した。

 ま、マジすか……。目、ギラギラしてて怖いんですけど。でもそれはあれでしょ? 俺と本気で結婚したいって意味じゃなくて、本気でふざけてるって意味でしょ? だまされないよ、俺。

 俺は機を取り直して言った。

「そんなことできませんよ」

 俺まだ十六だし。たとえ部長が度を超えたドドドド変人でも、法律には勝てない。勝とうとして無理をすれば、それは犯罪だ。そういうオオカミさんみたいなことはしないでほしい。お願いだから。

「まあまあ! おばあさん、そのお口はどうしたの? この前来た時はそんなお口じゃなかったと思うのだけれど……。え、あ!」

 パクリ。現実ではね、猟師さんが都合よく通りかかったりしないのよ。

 それをわかってだろう、部長は目力を弱め、肩をすくめて言った。

「それは仕方ないさ。とりあえず今は、同棲から始めるしかない」

 そうそう、それくらいで妥協しないとね。えらいえらい。頭ナデナデしてあげるねー。ってなに言ってんだこの人!? 

「いやいや同棲って……」

 怯みつつも、絶対の自身をもって言い返した。

「それこそ無理でしょう」

 しかし部長は顔色一つ変えずに、

「そんなことはない。今日からでもオーケーなくらいだ」

 事も無げに宣言した。

 そななななんて大胆な……。もしかして部長そういう人? あれか、肉食系とかいうやつですか? ティラノさん? 

「な、なんで……」

 俺は真意を測りかねて疑問を口にした。

 すると、部長は急にもじもじし始め、

「だって、朝起きた時横にいると嬉しいから……」

 横!? ベッドイン!? まさかのダブルベッド!? てかいきなりそこまでの関係!? 

 図らずも疑念が口をついて出た。

「そ、それは一体どういう……」

 なんでこの人こんながつがつしてんの? 猫なの? 発情期なの? 

 とたじろいでいたらあらぬところを見つめ、

「ああ、抱きしめたい……」

 うっとりした表情で両手を広げる。聞いてないこの人。

 俺は窺うように訊いた。

「あの……部長?」

 そうしたら目を瞑り、

「ちゅっ」

 なんか飛んできたああああああああああ! おいおいまずいってこれ! 俺、お持ち帰りされちゃうよ!? テイクアウトされてそのままパクリ、ってされちゃうよ!? 

 だ、だめだだめだ。まだ知り合って間もないのにそんなただれた関係なんて。お父さんゆるさないよ! そんなこと。

「部長!」

 机を叩いて声を荒げると、おちょぼ口のまま首を傾げ、

「ちゅ?」

 ちゅ? じゃねえよ。入部早々、部長に雌○疑惑が立ち始めてるよ? どうすんだこれ。

 呆れのあまりうなだれながら言った。

「部長の方が人の話聞いてないじゃないですか……」

 すると、部長は忘れていた我を思い出したようにはっとして、

「ほんとだな。すまない……」

 おもむろにアヒル口を戻す。

「私としたことが何たることだ」

 部長はようやく――いや、ようやっと――違うな、やっとこさ――これだな、落ち着いてくれたようで、拳を口の前にやって喉を鳴らした。

 そこで俺は話の転換を図ることにした。

「まあ、それはいいですから、とりあえず自己紹介でもしませんか? 趣味とかわかれば話しやすくなるかもしれませんし」

「はーい☆」

 幼稚園児のように元気よく手を上げて返事をする。

 それを無視して考えた。

 俺がここ談話部で活動するのは今日が初めてだ。無論、部長のことなど「部長」という事しか知りはしない。だから、まずは自己紹介をして互いの趣味嗜好を教え合い、話をする取っ掛かりにするべきだと思った。そういうわけで、今の今になってこんな提案をしたのである。

 ということで、

「じゃあ俺から」

 そう言うと部長は、

「いや、部長である私からが順当というものだろう」

 腕を組んで偉そうに胸を張る。

(なぜそこで意地を張り出す。意味がわからん……)

 そう思い部長に負けじと、

「いえ、こういう時は目上の者を立てるという意味でも俺から」

 ペースを持っていかれまいと抵抗を試みる。

 しかし部長は急にふんぞり返り――

「ほう。わらわを差し置いてそなたが先に? ふ、諧謔じゃのう。フフフフフフフフ」

 こうなった。

 俺は開いた口がさらに開いた。

 そのまま話の接穂を失い唖然としていると、

「まあそう言わず、わらわにやらせてみよ」

 ゆったりと、恭しく語る部長。古式ゆかしい所作は近世日本の雲上人(うんじょうびと)を思わせる。しかしその物言いは居丈高だ。

 俺は口をパクパクさせることしかできず。

「どうした? なぜ押し黙るのじゃ?」

 戦国時代の御内室のように、背筋に物差しでも当てていそうな姿勢で話しかけてくる。

 俺は気を呑まれたじろぎ、

「え、えっと……」

 目を合わせることもできない。

(……こういう場合、なんて答えればいい? ていうかなんでいきなり姫様口調になった? わけがわからん。わけがわからなさすぎてどう対応していいかもわからん。ぐぬぬぬぬぬ……!)

 退っ引きならない事態に混乱しながらも思考を巡らしていると、はっとした。

(――そうか。もしかするとこれは、部活の一環なのでは……? 誰かを演じるように話すことで、相手だけでなく自分の緊張も解して話すことができる。その手本を示してくれているのでは……)

 それなら俺も、一部員として部長に則らないといけないだろう。

 あれこれ考えていると、部長は眉をひそめながら視線を向けてきた。

「どうしたのじゃ? さきほどから口を閉ざして」

 目下の者を問い質すように鷹揚な物言いで訊いてくる。

 俺はそれを聞きながら決意した。

 主導権を握るどころか、あまりの変わりように圧倒されてしまったこの状況。小学校の学芸会で星と呼ばれた俺の演技――それをもって覆させてもらおう。とくと見よ! 星になりきった俺の実力! 

「女王様! どうか、どうか私めにその役目を仰せ付けください! このとおりでございます!」

 ――土下座。恥も外聞もかなぐり捨てた全身全霊の土下座である。

 とにかく押し付ける。額がごりごりいうくらいは押し付ける。そうしていたら、ふと、なんで俺は生きてるんだろう、という疑問が湧いて、思考がクリアになった。

 すると女王は感心したように、

「そうかそうか。そなたの気持ちはようわかった。よし! 敵地に赴くそなたに、我が国の宝刀を授けよう」

 そう言って、宝物庫から宝刀を持ち出し、両手を上げた俺に授けた。

「有難き幸せ!」

 声を張り上げて感謝の意を表す。

「よし、それでは行ってまいれ!」

 出口を指差して言われる。

「はっ! 彼奴の首、必ずや持ち帰りまする!」

 宝刀を掲げて宣言した。

 女王は頷き、

「うむ、その意気や良し!」

 戦に出向く兵士を鼓舞する。

 その声を聞きながら振り返り、城門に向かって駆け出した。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 我先にと城門へ向かってひた走る。

 敵人を真っ先に切り裂くのは自身の剣だと信じて。

 大敵を第一に刺し穿つのは己の槍だと信じて。

 祖国を仇敵から守るため、鯨波の大声を上げる。

 己が声が、輩の声と渾然一体となり、一振りの剣とならんことを祈って、天穹目掛け高く打ち上げるのだ。

 命という名の(言の葉)を、蒼天に向けて。

 交錯する想いを胸に、鬨の声を上げたまま、獅子奮迅の勢いで城門を飛び出した。

 ――が。

「お?」

「え?」

 城門をくぐってすぐ、平民の娘――じゃなくて女子生徒と出くわした。

 ふわりとした長髪の女子。大きな垂れ目をしばたたかせ、こちらを凝視している。

 俺は吶喊の体勢で硬直し、宝刀を振り上げたまま。

 女子は携帯を胸の高さに上げ、こちらを向いたまま。

 互いに見つめ合い、しばらく固まっていると、不意に女子が、俺の持っているものに視線を移動させた。

 そう、ほうきだ。紛うことなきほうき。ほうきの中のほうきであり、これより見事なほうきはないであろう真正のほうきである。手にした者は思わず宝木と字を当ててしまうという。

 女子は宝木から俺の顔に視線を移し、これ以上ないくらい困っています、といった笑顔で首を傾げて言った。

「え、えーっと……?」

 疑問形である。な、なにしてるの……? という意味の疑問形である。

「は、はははははははは……」

 俺は凝り固まった表情筋で笑いながら後ずさりし……。

 次の瞬間、不意を衝くように回れ右をして、ブリキ人形のような動きで教室に戻っていった。

 室内に入ると、静かに戸を閉め、目蓋を落として直立不動の姿勢……。

 そしてくわっと眦を裂き――

「だああああああああああああああああああああ!」

 叩きつけた。思いっきり。

 案の定折れた。バキッと。

 それを見ていた部長は、物にゆっくりと近づいていき、

「あ……あ……あぁ……」

 世界の終末を感じさせる表情で崩折れた。そして。

「いやあああああああ! 宝刀がああああああああっ!」

 ブチッ! 

「宝刀があああじゃないわッ! いつまでやってんだあんたッ!」


 さすがに、敬語を使う余裕はなかった。

 ご一読ありがとうございます。

 初めましての人は初めまして、BlueTlueです。


 私の小説を読んで、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。


※次話から回想となりますので、「回想は嫌いだ」、「このままのテンションを楽しみたい」、「ストーリーはわからなくてもいい」、という方は、8話に飛んでください。そこからが1話の続きとなっております。

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