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顔は伏せて居るものの、体格からすれば、まだ少女、なのでしょう。
春雨はまだ冷たいと云うのに、真っ白いワンピース一枚を身に纏い、雨に打たれて、彼女は一体其処で何を−近付いてみて驚きました。濡れたアスファルトに据えて居るのは、素足なのです。その格好から推測するに、家出をしてきたか−其れくらいしか考察は及びませんでした。しかし通りには僕、と彼女のみ。放って立ち去る程僕は冷酷非道な人間では無いので片言隻語、
「どうかされたのですか?」
とだけ掛けてみました。ようやく顔を上げた彼女。真っ黒い瞳、同じく真っ黒い胸下までの髪、唇は寒い所為か僅かに紫を帯び、その口からは何を発する訳でも無いのですが、瞳はジッと見開きこちらを凝視していたので、僕は次の言葉に詰まってしまいました。
「あ、あの。風邪ひいてしまいますよ」
やっとの思いで絞り出した言葉にも彼女は沈黙を守り、相変わらずこちらを眺めているのでした。いよいよ困惑した僕は−其の場から立ち去る事も勿論出来たのですが、何故か其の時には其の様な考えは浮かばなかったのです−一種の賭に出てみる事にしました。そして発した言葉は此の様なものでした。
「髪も、服も濡れた侭では風邪をひいてしまいますので、私の家も近い事ですし、乾かして行かれては如何がですか?雨宿りも兼ねて」
さて、彼女の反応はと云いますと−やはり押し黙っては居るのですが−僕は手を彼女に差し延べた所、一刹那於いて、彼女は手を伸べてきたのです。此れには言動を放った僕と云えど、少し驚きました。と云うのも、押し黙った侭、無視を貫かれると云うのが落ちであると心の中では思っていたものですから。
僕は彼女の手を取ると彼女はスッと立ち上がりました。背丈は調度僕の肩辺りでしょうか。雨に因って濡れたワンピースがへばり付き、彼女の躰のラインを浮かび上がらせていました。多少眼の遣り場に困ったものの、其れは思わず見とれてしまう程妖艶でありましたが、背丈から考えれば細過ぎるものでした。沈思黙考は、それ程長くは無かった筈です。
僕は彼女の手を引き、家の在る方向へと、彼女の歩幅に合わせながらゆっくりと歩き始めました。