11 あちらとこちらのエトセトラ
暑中お見舞い申し上げます。お待たせしました。11話更新です。
リューイさんが二度目のフリーズから再起動したのは、店員さんが食後のお茶を持ってきたときだ。
華やかな香りのお茶で、その香りが停止中の彼の頭脳を刺激したらしい。
「薔薇の香茶です。疲れがとれて頭がすっきりしますよ」
店員さんは優しげにリューイさんに微笑み、彼の前に薔薇の香茶を置いた。
精神へのダメージ甚大な彼には、天使の微笑みにみえてるんじゃなかろうか。
店員さん、GJだ。
実際は薔薇じゃなく薔薇に似た花のお茶なんだろうけど、異世界言語補正さんが、あたしの脳内でそう訳してるから薔薇ってことにしておこう。
店員さんがあたしの前にも、そのお茶を置く。
持ち手のついた木製のカップで、可愛い草花のレリーフに華やかな彩色がされている。
「可愛いカップですね」
「薔薇の香茶もこちらのカップも当店のオリジナルです。お気に召しましたら店頭で販売もしております」
「そうなんですか」
「お帰りのさいにでも、お二人でご覧くださいませ」
「はい」
さりげなくカップル扱いするとか、どんだけですか、店員さん。
さて、閑話休題で仕切り直しといきましょうか。
「いい香りですね。落ち着きます」
「ああ。ほんとにね」
香茶を飲んで、リューイさんは改まった様子であたしの目をみつめた。
昨日の晩から初めて、彼の顔をまともに見た気がする。
赤紫の右頬のアザがあってなお、リューイさんはイケメンだ。
彼の日本では、さぞや女の子にもてていただろう。あたしの日本でもきっともてたと思う。
そんな彼の黒目がちの大きな目に見つめられ、ちょっとだけドキッとする。ちょっとだけ、ね。
『リナさんが社会人だってこと、ちょい置いといて、だ。俺の日本と君の日本。ちょっと違うっぽいね』
あたしが社会人ってこと、まだ置いとくのかよ。もう、好きにしたらいいと思うよ。
『異世界に跳ばされたんです。日本にもパラレルワールドが存在したって不思議じゃないですよ』
『ぱらぱらわーるど?』
『パラレルワールド、日本語だと平行世界と訳します。SFとアニメとか、昔からよくある話です。
いろんな時間軸に、あたしのいる日本、リューイさんのいる日本、あたしのいない日本、リューイさんのいない日本、ちょっとずつ違う似たような世界が同時に存在するって考え方。
今いるこの世界も、そんな平行世界の一つかもしれません。可能性は無限大でしょうね』
『なるほど、リナちゃんは物知りだな。俺はスポーツ馬鹿だったから、そんな考え方はさっぱりだ。こっち来てからも、言葉覚えるのにかなり苦労したよ』
『リナでいいですってば。ここ、国の名前はシャハミヤ帝国でしたっけ。リューイさんがここに来たのは何歳だったの?』
『シャハミア帝国であってるよ。帝国は、大陸で一番大きな豊かな国だ。俺がここに跳ばされたのが五年前だから、19歳の時だな』
時がたつのは早いよなあ、と遠い目をして香茶をすするリューイさんは思い出にひたりそうだ。
あわてて質問を再開する。情報は多いほどいいんだから。
『ケータイ、ネット、スマホとかア○フォーンとかア○パッドとか、知ってます? FBとかのソーシャルネットサービスとかは?』
『ケータイって携帯電話のこと? よく会社の車とかに付いてるそうだけど。ネットってテニスとかバレーボールのネットのことかな? FBはFBIの略?』
『PCとか個人に普及してましたか?』
『あ、俺も持ってる、じゃない持ってたよ。パソコン通信とかRPGゲームとか、面白かったから』
『インターネットはまだ普及してませんでした?』
『アメリカとかにあるそうだけど。通信仲間の間じゃ、世界的に普及するのは、まだまだ先だなって言ってたなあ』
あたしの日本でインターネットが普及したのは、1990年代後半でケータイ、今のガラケー普及も同じころ。卒論でネットやケータイの歴史を追いかけたから間違いない。リューイさんの日本じゃ、まだまだみたいだね。
『…だいぶあたしの日本とリューイさんの日本じゃ、年代もずれてるみたいです。星暦1988年って、西暦1988年と同じみたい』
『俺の日本は、リナの日本の過去によく似た違う日本。ややこしいけど、この理解のしかたでオッケー?違う日本だとしても、同じ日本国の住人だってことなら、同じニホン国の出身でいいよね』
リューイさんて、かなりザッパーでポジティブシンキングな人らしいね。
ネガティブより、ずっといいかな。
『ですね。で、この世界の話になりますけどシャハミア帝国って、文明は中世ヨーロッパみたいなとこって理解でオッケーですか?』
『そうそう、それに魔法が存在してる。ゲームみたいにモンスターとかいるし、妖精やエルフやドワーフ、獣人なんて亜人も存在してる』
リューイさんは、腰の皮袋から何枚か数種類の硬貨をだしてテーブルの真ん中に並べた。
『貨幣経済も発達してるよ。金貨、大銀貨、小銀貨、銅貨。どの国でも通用するのが帝国が鋳造する帝国硬貨だ。鋳造技術の確かさと、鋳造の際に織り込まれる魔力で偽造不可能だから信用度が高いんだ』
茶色に変色した銅貨を指差し、通貨単位のレートを説明してくれた。
銅貨10枚で小銀貨1枚、小銀貨100枚で大銀貨1枚、大銀貨10枚で金貨1枚、つまり銅貨1万枚で金貨1枚ってことね。
あたしか持ってる十円玉全部だと、金貨一枚に相当しそうだ。
かなりの大金を持ってることになるじゃないか、あたしって。
『リューイさん、日本の十円玉、銅貨として通用したけど問題ないのかな』
『ああ、そのおかげで俺は君と会えたんだ。十円玉はほぼ銅だから問題ない。
他国の銅貨は、鑑定したら銅の割合が解るんだ。帝国銅貨と似た割合なら銅貨として通用する。あとで役人が帝国銅貨と交換して集めた他国の銅貨を再鋳造し直すのさ』
シャハミア帝国の貨幣経済は、魔法と高い鋳造技術がささえている。
魔法と高度な技術が合さって、国の礎が揺らがないから繁栄してるってことね。
経済良し、食事内容よし、それと人の良さ、治安の良さもいい。
路地裏も清潔だったし、ケモ耳さんや人外さんも差別されてる様子もなかった。
オッケー、この国で生活の基盤を築こうじゃないか。
幸いにも、異なる日本とはいえ同じ日本人のトリッパーと知り合えたことだし。
ここは素直にお願いしよう。
「リューイさん、お願いがあります」
日本語じゃなく、こちらの言葉、おそらくはシャハミア帝国語(?)でリューイさんに話しかける。
「はい?」
並べていた硬貨をしまいつつリューイさんは、少し首をかしげて返事をした。
「…」
イケメンの小首かしげ。
なにやら反則に近いものがあるぞ、をい。
「リューイさんは冒険者をしてるんですよね。あたしを冒険者として鍛えてくれませんか?」
おーい、今日、三度目のフリーズだよ、リューイさん。
小首かしげたままフリーズ、やめてほしいんだけどね。