5号に渡した封筒
俺が視線を有栖川から正面に戻した時、ドアから入って来る女生徒の姿が目に入った。
視線をドアに向けた。
宮島やよいだ。
視線を頭部に移す。
濃いブラウンの髪にはピンクのカチューシャ。2号だ。
俺は一瞬の期待を外され、ふぅと息を吹き出して、机の上に視線を落とした。
それからしばらくして、宮島やよい5号が教室に現れた。
俺の知っている過去では、今日がこの子の最後の日だ。
お迎えの車は来れなくなったとかで、一人歩いて帰る事になる。
そして、消息を絶った。
と言ってもクローンの何とか号が消えたところで、人間社会は何の騒ぎにもならない。本来いないはずの存在が消えただけなのだから。
俺は立ち上がると、宮島やよい5号のところに向かった。
「おはようございます」
君を守るとは言ったが、この子の心の中ではまだ半信半疑なんだろう。
笑みの無い表情と、か細い声がそれを示している。
俺は手にしていた封筒を差し出した。
「これは?」
「昨日言った話のやつだよ。これだけあれば大丈夫」
宮島やよい5号の目が見開いた。
ゆっくりと俺がもっている封筒に手を伸ばしてきた。
それに応えて、俺がその手に封筒を差し出すと、宮島やよい5号はそれを手にして、中身に手を伸ばした。
「今は出さないで。見るのなら、封筒の中で見て。
今日の帰りには使うからね」
俺の言葉にきょとんとした表情を一瞬した後、二、三度軽く頷いて、封筒の中に手を入れて、中の物を確認した。
中に入っているのは、新しく作られたこの学園の生徒手帳。それだけではない。
戸籍謄本に住民票。
当然、この国の電子データにもちゃんと登録されている。
「これって、本物なんでしょうか?」
「もちろん。
正確には正規の手続きを踏まずに造られた本物かな」
その言葉に宮島やよい5号の瞳から、大粒の涙がこぼれ、頬を伝った。
宮島やよい5号は俺が渡した封筒を両手で胸に抱きしめた。
そんな俺たちを教室にいたクラスメートたちが、怪訝な表情を浮かべながら、ひそひそ話をしていた。
「何なんでしょう。あの見苦しい姿は。私たち宮島の家の者とは思えませんわ」
「あの封筒には何が入っているのかしら?」
そんな事を気にしていてはだめだ。
俺はそんな気持ちを込めて、宮島やよい5号の肩に手をおいて、頷いて見せた。
俺が自分の席に戻ろうとした時、田島がドアのところに立って、俺を睨み付けている事に気付いた。
佳織じゃないが、昨日俺たちを襲ってきた相手は、本当にこいつと関係があったに違いない。
俺と視線が合うと、田島はむすっとしたまま教室に入って来て、一言言った。
「宮島の家の者として、恥ずかしくないんですかねぇ。教室で突っ立って、小汚いものを抱きしめて、泣いてるなんて」
「まったくです」
宮島やよいのクローン少女たちが田島に同調し始めた。
むかつくじゃねぇか。
「お前なぁ」
俺はずかずかと田島に向かって行った。
右手の拳を握りしめながら。
にやにやしていた田島だったが、近づいてくる俺の気迫に押されたのか、一瞬表情が固くなった。
もうすぐ間合いに入る。
俺は右腕を引いた。
その瞬間、俺はその右腕を掴まれた。
不意打ち。
俺は慌てて視線をそこに向けた。
俺の腕をつかんでいたのは佳織だった。
「いつまでもふらふらしてないでよね。
始業のチャイムも、もうすぐなんだから」
かっかして燃え上がろうかとしていた火種に、突然水をかけられた気分だ。俺は冷静さを取り戻した。
「あ、ああ」
俺は田島を一睨みしてから、自分の席に向かった。
そんな俺の右腕は佳織に掴まれたままだ。
まだ遊びたいと言っているのに、親に腕をもって引きずられていく子供のようじゃないか。




