人生は一度きり
この国の首都の超高層ビルの最上階の部屋。
床には絨毯が敷かれ、右の壁には高級そうな本棚が並んでいる。部屋の入り口のドアの左右には、いかついヒューマノイドが一体ずつ立っている。
俺の前にはやはり高級そうな机が置かれ、その向こうには窓からこの都市が見下ろせる。机を前に大きな革張りの椅子に座っているのは山城のお父様だ。
お父様とは、小さい頃、山城の邸宅でよく遊んでもらった事はあったが、この部屋に来たのは初めてだ。
「自分がした事の意味は分かっているんだろうな」
そう言ったお父様の顔つきは厳しい。
この人に、こんな顔を向けられ、平然としていられる人間はこの国にはいないはずだ。
俺だって、そうだ。だが、正確には俺は持っていたものを失うと言う訳ではない。将来、得ることができたかも知れないものを手放すだけだ。
クローンの人権。
それと引き換えにするなら、いいじゃないか。
そんな半ば諦めにもにた気持ちだってある。
「はい」
そう言うしか、俺には選択肢は無い。
この際だ。男らしい引き際をしようじゃないか。
俺は背筋を伸ばし、まっすぐお父様を見つめて、答えた。
「間違っていないと思っているのか?」
お父様の言葉は少し俺を刺激した。
「クローンだって、人間と変わりません。それを動物か何かのように扱う事の方が間違っていると私は思います。ですので、私は自分のした事が間違っていると思ってはいませんが、山城の家に損害を与えた事は事実ですので、責任をとる覚悟はできています」
この人に反論する人がいるのかどうかは知らないが、俺は反論せずにいられなかった。
「お前は間違っている」
さすがは山城のお父様である。顔色一つ変えず、俺の意見をばっさりと切って捨てた。
俺としては、クローンに対するあんな扱いは許せない。そんな思いで、ぐっと睨み返した。
正直なところ、その考えにすがるしか、俺を正当化する理由は無い。
「この事件にはすみれ子もかんでいるようだな」
「いえ。そんな事はありません」
俺は慌てて否定した。東海化学の事件。有栖川とクローンの入れ替え。
すみれ子に協力してもらったのは事実だ。
しかし、その責任をすみれ子に負わせる訳にはいかない。
「すみれ子から聞いている。
すみれ子が山城の家の全てを継ぐなら、それでかまわないと言ったそうではないか。
私利私欲はなく、理想。そう言ったところか」
お父様がじっと俺を見つめている。俺は力強く頷いてみせた。
「甘い。そして、お前は間違っている。
人としての善悪を基準にしているようだが、お前は行く行くはこの山城の家を担ぐ人物になってもらうはずだったんだ」
「はずだったんだ」予想していた言葉だが、やはり俺の心に突き刺さる。あのスイッチを今持っていれば、押したい衝動に駆られたかも知れない。
「企業を率いる者として、必要なのは場合によっては善悪ではない」
「企業の利益ですか?」
それでは最低だろ。人として。
もう全てを無くした俺としては非礼な言葉を口にしても、何の損害もない。そして、理想論で戦う。それが、俺のプライドだ。
「そうだ」そう言うと思っていた俺は裏切られた。
お父様は横に首を振って見せた。
「社会の利益だ」
俺には意味が分からない。そんな怪訝な顔つきでお父様を見続けた。
「ありすがどれだけの利益をこの国にもたらしたと思う。
お前の警護についている佳織を始めとしたヒューマノイドだってそうだ。あれを作り上げたのはありすだ」
その話は初めて聞いた。佳織もある意味、有栖川が作り上げたようなものだと言うのか。
「そしてだ。お前が騒動を起こした寺下産業の事件だ」
それもばれていたのか。ちょっと、俺はぎくっとした。
「クローンを使った人体実験。あの目的は何だと思う?
アジアの企業がヒューマノイド用の人工知能を開発するためのデータを必要としていたのだ。そのデータ取りが目的だったんだ。
そのためにどのくらいの数のクローンが犠牲になったと思う。千体を超えているらしい。それに比べれば、ありすは有益だ。
そんな事をせずとも、ありすならあれほどの人工知能を開発して見せたではないか」
俺としては全面否定したいところだが、ありすに使われたクローンの数と、その実験に使われたクローンの数には雲泥の差があるじゃないか。
しかもだ、佳織の件を考えただけでも、ありすの力がもたらした効果は絶大なだけに、ここは何も言えない。
「お前の望みどおりにしてやる。お前の管轄下にしていた企業は全て取り上げ、私の直轄に置く」
覚悟していた言葉だが、実際に耳にすると衝撃は大きい。思わず俺は天井を見上げた。
「そして、お前を」
そんな俺の耳にお父様の言葉が続いた。
「追放する」そんな言葉が脳裏によぎる。きっと、大久保もそう言われたんだろう。
追放されれば、佳織ともお別れだ。構造も行動も限りなく人間に近いくせに、圧倒的な攻撃能力と電子的能力を秘めたヒューマノイド。
人間でないと分かっているのに、佳織との別れが一番寂しいじゃないか。
山城の家を継げない事より、佳織の事が心を締め付けるなんて、俺は一体どうしたと言うんだ。
そんな俺の耳に、お父様の言葉が続いた。
「東海化学精製所の筆頭に据える」
「はい?」
俺は予想外の言葉に、自分の耳を疑い、素っ頓狂な声を上げた。
「今、クローンの製造は停止したままで、売り上げも利益も落ち込んでいる。特に、クローンは利益率が高かっただけに、ダメージは大きい。
お前は東海化学を率い、三年以内に売上と利益で昨年度を上回る業績を示してみせろ。
もちろん、地下でクローンを造ってもよいし、他の新規事業を立ち上げてもよい」
俺への挑戦だ。俺が理想を下ろすか、理想を掲げたまま成果を出せるのか。
「分かりました。もちろん、クローンなしでやって見せます」
そう言ってみたものの、自信があるわけではない。俺のプライドをかけた戦いだ。
「ありがとうございます」
そう付け加えて、俺は頭を下げた。
「お前がただの甘ちゃんか、理想を実現できる男なのか、拝見させてもらう。
下がっていい」
お父様の言葉が響いた。俺はもう一度、深々と頭を下げた。
俺がお父様に背を向けると、ドアの左右でお父様を警護しているヒューマノイドのボディガードたちがドアを俺のために開いてくれた。
開いたドアの向こうには真っ赤な絨毯が敷かれた廊下が広がっている。そこに立っていたのは佳織だった。
「佳織?」
佳織が微笑んだ。
「山城のお父様に呼び出されちゃった」
「そうなんだ。で、あれは送ってくれた?」
「もちろん。
何度も言うけど、人生をリセットしてやり直そうってのは、間違ってるんだからね。
時間を無駄にしないで、努力した先に未来は開けるのよ」
そう言って、佳織が手を差し出してきた。
「そうだな」
俺はそう言いながら、佳織の手を取った。
「言っておくけど、つないで欲しそうな顔してたから、手を差し出しただけなんだからね」
そう言った佳織に俺はにこりと微笑み、つないだ手にぎゅっと力を込めた。
「私と握力勝負でもしたいの?」
「んな訳ないだろ。
ずっと一緒にいたいと思っただけだよ」
「そんな事言ったって、何も出ないんだからね」
そう言った佳織の横顔はなんだか、うれしそうじゃないか。
そんな佳織を見ていると俺もうれしくなってくる。
俺は正面に向き直って、佳織に言った。
「お父様から、難しい宿題を出されたよ」
「じゃあ、頑張るしかないわね」
佳織がさらりと言ってのけた。まあ、確かにそう言う事だ。
「俺は掲げてしまった理想を実現するために、頑張るよ。
佳織はいつまでも、俺の横にいてくれよな」
佳織がまたまたうれしそうににこりとした。
人生リセットスイッチ。
俺は宮島やよいのクローンを助けるために、造ってもらった。使おうと思えば、その用途は計り知れない。そんな装置があると、俺は心のどこかで、あれに救いを求めてしまうかも知れない。
「ほっておいても、止まるかも知れないけど、小早川さんにはもうあの研究は止めてもらう事にするよ」
「人生は一度きり。それを全力で生きていくのが、人間ってもんでしょ」
俺の言葉に、佳織はそう言ってにこりと微笑んだ。
天井の照明のせいか、佳織の表情はまぶしいほど輝いて見えた。
まず、はじめに。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
完結できましたのも、拙い文章にもかかわらず、読んでくださった皆様のおかげです。
「人生リセットスイッチ」の時から、この装置が出来上がるまでの話を書こうと思っていたんですけど、ようやくそれが完結できました。
あの装置はちらちらとしか出てきませんでしたですけど、いかがでしたでしょうか?
感想なんか聞かせていただれば、うれしいです。
どうも、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。




