ありすを造り上げた者
異様な雰囲気に、この部屋の中の警備員たちが俺たちのところに駆けつけてきた。
「どうしました?」
昨日の今日とは違い、金槌のような特に問題となるものを持っている訳でもない。警備員たちはとりあえず、様子うかがいの雰囲気だ。
とは言え、こいつら変だぞと思っているであろう気配があふれ出ている。
「佳織」
俺はそれだけを言った。佳織にはそれだけで十分だ。俺の気持ちは理解してくれているはずだ。
佳織は俺に視線を向けると、有栖川から離れた。
少しは落ち着きを取り戻し始めているようだが、まだ有栖川は平常心には程遠そうで、視線が定まっていない。
「落ち着け。有栖川。クローンに人の記憶を書き移せるのは知っているだろう。
お前がオリジナルだが、このありすは自分がオリジナルだと書き込まれた記憶で、そう思っているだけかも知れないじゃないか」
有栖川が俺を見た。大きく呼吸しているのか、小さな体の胸が大きく伸縮している。
「それにお前が俺たちの有栖川夏帆に違いないじゃないか。
落ち着いて、目的を思い出せ」
俺の言葉に、有栖川の息遣いが少しましになり始めた時だった。
警備員が言葉は丁寧だが、威嚇気味に言った。
「目的とは何ですか? 言ってください」
「大したことないですよぅ。ちょっとした調べものですよ」
俺たちに近づこうとしていた警備員の前に、佳織が回り込んで言った。
ちらりと視線を向けてみると、とんでもなくにこにこした表情だ。
それでは怪しすぎるんじゃね? と思いながらも、視線をありすに戻した。
「君は何だ!」
怪しげな、そして人をおちょくったような佳織の態度に、警備員はむっとしたようだ。
だが、佳織に任しておけば問題はない。人間なんて、何人いようと、佳織の敵ではないのだから。
「ありす。君は君のクローンたちを救いたくはないのか?」
「どうやって、助けると言うの?
私のクローンたちを助けると言う事は、このありすをただのスーパーコンピューターに格下げしてしまうって事なのよ。
そんな事、誰が許すって言うのよ」
「俺が許す。そして、この国の多くの国民は許すに違いない」
「どう言う事?」
「このシステムを俺が公表する。だとしたら、国民の反発は必至だ」
「そんなことしたら、あなたはどうなるか分かっているの?」
「もちろんだ。いや、確かに俺だって迷っていた。
だが、もう俺は迷わない。クローンを道具か何かのように扱うのは誤りだ」
そう言っている時、背後で物音がした。ほんの一瞬だった。うめき声も混じっていたので、何が起きたかは容易に想像できた。佳織が警備員たちを気絶させたんだろう。
「本気なの?」
「ああ」
「教えて。ダイアグシステムのコンソールはどこにあるの?」
俺の前に割り込んで、有栖川が言った。
何の事だか俺には分からないが、その言葉には覇気さえ感じた。いつもの有栖川が戻ってきたようだ。
「この通路を真っ直ぐ行って、二つ目のドアを開ければあるわ。
でも、これを操作するには特別な許可が必要よ」
「山城家のICカードならどうだ?」
いざとなれば、佳織の力を使ってこのセキュリティシステムを乗っ取ると言うのも選択肢の一つだが、何しろ外部とネットでつながっていない以上、ここのシステムのハード的なインターフェイスを探し出す事から始めなければならない。
時間がかかりすぎる。それだけに、俺のカードの可能性を確かめてみたかった。
「このシステムはね。一応、国家管理になっているけど、私の論文に目を付けた山城俊夫が出資して造り上げたものなのよ」
俺はありすに山城のお父様がそんな風に絡んでいたとは初めて知った。




