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朝の教室にて

 教室の窓は南に面していて、朝の教室の中にはすでに陽光が差し込んでいる。

 整然と並んだ机の数は20ほど。

 世間から見れば、少数クラスなんだろうが、ここではそれは当然の事である。


 俺と佳織は登校するのが早い方である。

 徒歩だと言うのに、車でやって来る生徒たちよりも。まあ、住んでいる場所も近い訳だが。


 まだ、教室には俺たち以外には数人しか来ていない。

 その内の一人はあの天才少女 有栖川だ。

 机に座るなり、難しげな本を取り出して、それを見ながら黙々と真剣な表情で、何かをノートに書き込んでいる。

 卒業と言う実態が必要とは言え、彼女にとって、ここにいる時間は無駄なんじゃないだろうかと思わずにいられない。


 一人、二人と教室の中にやって来るクラスメートが増え始めた。

 俺は教室のドアから人が入って来ようとする度、視線を向けて、それが誰なのか確認していた。


 「待ち人、来たみたいだけど」


 俺の前に座っている佳織が振り返って言った。

 その言葉に俺はドアの向こうに神経を集中させた。

 人の気配で満たされていた廊下に静けさが訪れたのを感じた。

 生徒たちの話し声も、ひそひそ声に変わっていた。

 佳織の言うとおりなんだろう。

 俺は席を立ちあがった。


 教室の中のクラスメートの中で、廊下にいる生徒たちの変化に気付いている者はいない。

 開かれたままの教室と廊下を仕切るドアから、すみれ子が姿を現した。


 「失礼いたします」


 そう言って、軽く頭を下げたかと思うと、教室の中を見渡した。

 自分に近づいてくる俺を見つけて、にこりと微笑んだ。


 「すみれ子様ですわよ」


 昨日と同じで、俺はそんな周りの声は無視して、すみれ子に向かって行く。

 すみれ子は鞄を開けて、中から一冊の本を取り出し、俺に差し出しながら近づいてきた。


 「どうして、あの島原さんと?」

 「あの本は何なのかしら?」

 「すみれ子様とはどう言うご関係なんでしょうか?」


 声を抑えているつもりなんだろうが、十分聞こえてきている。

 俺はすみれ子が差し出している本を掴んだ。

 本は極太の辞書で、厚紙でできた外箱付きだ。

 掴んだ瞬間、その真ん中が少しふくらんでいる事が手から伝わってきた。

 この中に、俺の頼んだものが挟まれている。


 「昨日のお話のものです」

 「全て?」


 俺の問いかけに、すみれ子がにこりとして頷いた。


 「では、これで失礼いたします」


 すみれ子は一礼すると、向きを反転して教室のドアを目指して行く。

 俺は自分の机に戻ると、すみれ子から受け取った本を机の引き出しにしまい、引き出しの中で外箱から取り出して、中に挟まっているものを取り出した。

 それは一つの封筒だった。


 俺は封筒を取り出すと、中をのぞいて中身を確かめた。

 確かに俺が頼んだものが、そこには入っていた。

 これで、宮島やよい5号を処分すると言う事はできなくなったはずだ。

 もうそれは殺人だ。


 封筒の中に全ての神経を集中させていた俺は、周りの事は見えていなかった。

 突然、右腕をつんつんされて、少しびくっとした。

 封筒を持っていた手が緩み、封筒が膝の上に落ちた。

 慌てながら封筒を再び掴むと、視線を横に向けた。俺の横で、しゃがみこんだ佳織がいた。


 「何驚いているのよ。

 私につんつんされたくないって訳?」


 はっきり言って、言いがかりだ。だが、反論しても仕方ない。


 「突然で驚いただけだろ」


 ふーんと言う感じで、少し口を尖らせながら、右手をくいくいと振った。そこから伸びる糸で操られたかのように、俺は体を傾けて、耳を佳織に近づけた。


 「あのさ。有栖川さん、クローンも嫌いみたいだけど、すみれ子さんの事も嫌いみたい」


 意外な言葉に俺は体勢を立て直すと有栖川に目を向けた。

 さっきまで、自分の世界に浸って難しげな事をしていたはずなのに、今はすみれ子が去った後のドアに、睨み付けるような視線を送っていた。

 佳織が言っている事も当たっているかも知れない。

 俺が視線を佳織に戻すと、佳織が再びくいくいと右手で俺を呼んだ。


 「すみれ子さんが来てから、ずっと睨み付けてたんだから」


 それでは嫌いと言うより、憎んでいるんじゃないのか?

 天才少女はどうして、すみれ子をそんな風に見ているのか。

 もしかすると、クローンを嫌う理由と、すみれ子を嫌う理由の根は同じなのではないだろうか。

 だとしたら、厄介な存在かも知れない。

 そう思った俺が再び視線を有栖川に向けると、有栖川も俺の視線に気づき、慌てて視線を机の上に戻して、ペンを動かしはじめた。

 その横顔はついさっきまでの冷静で真剣な表情とは違って、きつい視線が感情のたかぶりを映し出しているように、俺には感じられた。

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