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有栖川には任せていられない

 ここの警備員を殴り倒してから、何かをするつもりなのかも知れない。

 邪魔者排除。理屈的には理解できる。


 だが、無謀すぎる。

 有栖川は非力な女の子。それも小学生並みの体格でしかない。

 いくら、金槌を持っていたとしても、大の男を正面から襲って、勝てる訳がない。


 はっきり言って、勝算0である。

 そんな事も分からないのか? この天才少女は。

 学問の多くが自分の思い通りになってしまうので、実生活も自分の思い通りになると思っているのか、それとも実生活を知らなさすぎるかのどちらかだろう。


 小さな女の子の信じられない突然の行為に、この部屋の中を警備している者たちも、驚いた表情で、目の前で起きている事が真実でないかのように立ち尽くしている。


 そんな男の一人に、有栖川が殴り掛かった。

 男はあっさりと、有栖川の一撃をかわすと、金槌を持っている有栖川の細くて白い右手をねじ上げた。

 鈍い音を立てて、金槌が有栖川の手から離れて、床に落下した。

 それに続いて、男たちの怒声が響いた。


 「何をしている!」

 「痛い、痛い」


 有栖川は悲痛な声を上げている。そして、何人もの警護の者達が駆けつけてきて、俺たちを取り囲み始めた。

 どうやら、天才少女はやっぱり実生活ではつめが甘いと言うか、ちょっとぬけている感じだ。


 俺は慌ててあの装置を取り出して、スイッチを押した。

 俺を眩暈のようなくらくら感が襲い、目を閉じた。

 眩暈のような感覚が薄れると、俺はゆっくりと目を開いた。



 俺の目の前には佳織の背中があった。耳に聞こえてくるのは数学だ。

 時計に目をやらなくても、おおよその時間は先生の話と黒板を見れば分かる。すでに二回受けた授業だ。


 今はまだ授業は始まったばかりだ。この授業時間だけでみても、考える時間は十分ある。もう一度、作戦の立て直しだ。

 有栖川の信じられない姿が脳裏に甦って来る。

 有栖川は勉学や創造と言った頭の中で処理できる事に関しては得意なんだろうが、現実社会での実行と言う点に関しては子供以下としか言いようがない。


 そんな有栖川に任せていては、いつまでたっても彼女の目的は達成できない。

 このままでは何度もリセットスイッチのお世話になって、やがて俺はうんざりして、有栖川を見捨てる事になるかも知れない。

 それは俺には変なプライドが邪魔して、できそうにない。

 約束してしまった以上、最後までやりぬく。それが俺だ。

 では、どうする?

 佳織を使って暴れまくるか?

 これは確実だ。

 だが、完全に犯罪者だ。小早川にまで迷惑をかけてしまう。


 その時、ふと俺の脳裏に、最初の日の研究所で佳織が言った言葉が甦ってきた。


 「ねぇ。ゲストで入るってわけ?」


 佳織は何を言いたかったんだ? 俺はそれを聞きたくて、佳織の背中を人差し指でつんつんした。


 「やん!」


 そんな声を上げて、ふくれっ面で振り返った。


 「ちょっと、今の声はキャラ違ってね?」

 「何よ。たまには、こんな感じも好きなんじゃないかと思ってあげたのに」

 「そんな事より、至急調べて欲しい事があるんだ。

 七条科学技術研究所のセキュリティシステムがどうなっているかを調べてくれ」

 「授業中だと言うのに?」


 小声でそう言った佳織の顔つきは不機嫌そのものだ。


 「お前、元々授業聞いてないじゃんか」

 「ふん」


 そう口先を尖らせて、正面に向き直った。ひそひそ話する二人に気付いた数学の先生が俺を少し睨んだ。

 すみませんでした。

 そんな感じで、軽く頭を下げると、俺は教科書に目を向けた。

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