俺はリセットスイッチを押した
開いたドアの廊下には警備員姿の男二人と、その二人に両脇を固められた有栖川の姿があった。
「離してよ」
有栖川は半べそで、叫び気味だ。
しくじって、捕まった。すぐにそう直感した。
「この子は君たちの連れに間違いありませんか?」
「はい。そうですが、その子が何か?」
小早川は困惑顔だ。そして、俺に説明を求めたいようで、そう言った後、俺に視線を向けた。
俺は小早川に何かを答えるでもなく、ただ意味も無くにこりとだけして、ポケットに手を突っ込んだ。
「無断で地下3階に降りてきました」
男たちの口調は少し厳しい。完全に俺たちを叱責しようとしている。
有栖川一人で、地下に向かったのは失敗だったんだ。
それにだ。
元々ありすが破壊されるなんて事件は俺のいた世界では起きていない。
さっきの小早川の話ではないが、ありすが今後何かを発明することが予定された事象だとするなら、どんなに手を変えても、ありすは守られると言う可能性だってある。
俺はポケットから取り出したあの装置を左手で握りしめ、保護カバーを外して、スイッチの上に右手の人差し指を置いた。
何だ?
安っぽいおもちゃのような。
もしや爆弾か?
これが何か知らない警備員たちの思考を読むとこんなところだろう。俺はすばやくスイッチを押した。
俺を眩暈のようなくらくら感が襲い、目を閉じた。
あの時と同じ感覚だ。
だが、それは異常に短かった。
前回1年の時を遡る時に感じたくらくらするような感覚に包まれた時間に比べれば、それは一瞬のようにさえ思えた。
1/365と言う事だろうか?
そんな事を考えながら、ゆっくりと目を開いた。
目の前にあるのは制服姿の佳織の背中だ。
耳に届いているのは英語の教科書を読んでいるクラスメートの声。
黒板の右横に目を向けて、日付を確認した。
一日前だ。
目の前の佳織も、俺が一日リセットしてきたことは知らないはずだ。
俺は念のため、自分の手の中にあの装置が無い事を確かめた。俺の右手にはシャーペン、左手はただ机の上で空気だけを掴んでいた。
1年のリセットを行った時と同じで、あの装置自身は俺の手には無い。
あるのは1日分の記憶だけだ。
有栖川は俺たちに、あそこに連れて行くだけでいいと言ったが、彼女一人では何もできない事は証明済みだ。
小早川の話が終わった後、みんなでありすのところに行く。
そう有栖川を説得する。俺はそう決めた。
「有栖川」
授業が終わると、俺はすぐに声をかけた。小柄な有栖川は机に座っているとさらに小さく感じてしまう。
手にしていた難しそうな本を閉じて、有栖川は俺を見た。
「あー。信じられないだろうけど、俺は一日、時を戻って来て、今ここにいる」
有栖川は真剣な目つきで俺を見つめたまま動かない。
「時間を遡るような装置があるって事?」
信じられるような事ではないだろう。
それだけに、俺は視線をそらさず、じっと見つめながら、頷いて見せた。
「そう。で、ここにあたながいるって事は、失敗したって事でいいのよね?」
さすが頭の回転が速い。もう一度、俺は頷いて見せた。
「何度失敗しても、やり直せる。そう言うことね」
俺は頷きかけて止めた。
「それはそうなんだが、何度やっても結果は変わらない。そう言う可能性もあるらしい」
信じたくは無いが可能性としてあるらしいので、言っておく事だけはしておこうと考えた。
「なるほどね。決められた未来って事か」
何か思案気だ。
有栖川なら、何か解をだせるんじゃないか。
そんな気で、俺は有栖川を見つめた。
「で?」
有栖川の口から、期待外れの言葉が出て、思わず俺の全身から力が抜けた。
「いや、どうすればいいか、こっちが聞きたいんだけど」
「まず、それが事実かどうかね。
昨日はどうして失敗して、今日はどうしようって言うの?」
俺は昨日の事を有栖川に話した。そして、今回、二度目の明日は俺たちと共にありすに向かう事を提案した。




