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「ありす」 その名の由来

 エレベーターを降りると目の前には小さな空間があって、左右と前にドアがある。そのドアの横にはICカードリーダーが設けられていた。


 小早川の胸にぶら下がっているICカードだけは俺たちのような「GUEST」ではなく、顔写真入りで、「小早川淳史」と名前が書かれている。やっぱ、特別のようだ。


 正面のドア横にあるICカードリーダーに、胸のICカードを当てると、小さな電子音と、電気錠が開く音がかちゃりとした。


 その先にも廊下がつながっていたが、窓はなく、その左右に数えるばかりのドアがあるだけだった。


 人通りも人の気配もなく、俺たちの足音以外聞こえない空間。

 小早川が一つのドアの前で立ち止まった。再びその横のICカードリーダーに胸のICカードを当てた。

 小早川がドアを開いて、俺たちに笑みを向けた。

 きっと、そこが目的の場所なんだろう。


 その次の瞬間、小早川の顔に少し焦りの表情が浮かんだ。何だ? 俺がそう思った時、小早川が言った。


 「さっきの小さな子は?」

 「えっ?」


 辺りを見渡してみても、有栖川の姿は無い。元々有栖川の願いは彼女をありすの前に連れて行くことだった。

 きっと、8階ではなく、地下に行きたかったんだろう。

 有栖川としては俺たちに迷惑をかけないように、自分だけでありすがある地下に向かったに違いない。


 「あ、トイレかな?

 さっき、あそこにありましたですよね」


 とりあえず、後ろを振り返って、そう言って取り繕ってみる。


 「時間が限られているんじゃないのですか?」


 佳織が言葉を足した。ありすとのインターフェイスは完全予約制である。今回はあの人生リセットスイッチのワーキングサンプルの評価状況の報告と、今後の開発方針とスケジュールの具体化と言う事で、2時間をもらっているだけである。


 「そうだな。まずは入ろうか」


 小早川が中に入って行ったので、俺たちも続いた。


 中はいくつものモニターが設置され、机の上にキーボードやマウスなどが置かれただけのシンプルなものだったが、床に半径1m程度の円が描かれている場所があり、それを取り囲むようにコの字型に机が配置されていた。


 「どうぞ」


 小早川の言葉に、俺と佳織が一つの机の前に座った。その横に、小早川が座った。


 その瞬間、低く微妙にブィブラートした音が耳に聞こえてきたかと思うと、その円状の空間にぼんやりと少女の姿が浮かび上がってきた。

 それはすぐにしっかりとした像となり、その容姿が確認できるようになった。


 小さな身長。まっすぐな黒髪。整った目鼻立ち。

 話には聞いていたが、本当に有栖川だ。

 有栖川の発案で造られたスーパーコンピューター。

 有栖川の名からとり「ありす」と名付けられたと言う。


 「ありす。今日は例の時間を遡る装置の報告に来ました」

 「試作品の評価が完了したのですか?」


 初めて聞いたありすの声。

 口調は全く違うが、その声音は有栖川と同じだ。


 「はい。

 ありすのアイデアを具現化する装置を作成し、評価を繰り返しました。

効果は確認でき、ありすの理論が正しい事が証明されました。

 時間精度誤差は人間の反応によるばらつきを考慮しなければならず、完全な数値は出せていませんが、1日のリセットに対して、秒を切るレベルであることは確認済みです。

 ここに10人の被験者に、一人あたり10回繰り返してもらって測定した時間精度誤差のデータがありますので、これは後で提出いたします」


 その言葉に俺の思考が反応した。

 つまり、俺の気付かない内に、俺は何度も同じことを繰り返させられていると言う事か?

 10人に10回。つまり、俺は知らない内に100回も、リセットされた世界にいた事になる。

 繰り返させられる方はばかみたいじゃないか。そう思わずにいられない。

 そんな俺の思考とは関係なく、小早川の話は続けられていた。


 「もう一つ、重要な1日をリセットするために必要となるエネルギーの測定が行えておりません。

 何しろ、装置を持って時間を遡る事ができないのですから」

 「うーん。そうですね。

 まず1日のリセットに対する時間誤差に対して、10日リセットした場合に、誤差が10倍になるのかの追試が必要ですね。おそらく、同一と推定いたしますが。

 あと、エネルギーの見積もりができないと、遡る時間を自由に設定するのは難しくなりますので、何らかの評価は必要です。

 測定方法に関し、一度私の方で検討してみましょう」

 「ぜひお願いします」

 「他に気になる事はありましたですか?」

 「はい。何度か試しておりますが、未来と言うものは変えられるものなのでしょうか?」


 小早川のその言葉にありすは少し首を傾げてみせた。

 まるで、人間の女の子のようじゃないか。いや、それを言えば佳織だってそうだが。

 そんな思いで、ありすを見つめた。

 小早川の質問と答えに興味があったからだ。

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