変装した有栖川夏帆
高層ビル群が立ち並ぶこの国の首都。
片側二車線の通りに沿って設けられた歩道の上には、かなりの人が行き来している。ビジネス街の土曜日だと言うのに、人通りは多いようだ。
俺と佳織はこの国が世界に誇る超スーパーコンピューター ありすが設置されている七条科学技術研究所の前に立っている。
そんな俺と佳織の横には小柄な少女が立っている。
眼鏡をかけた小柄な少女の前髪は、レンズの奥にある少女の目まで覆うほどの長さだ。その髪は明るいブラウンで、後ろは腰近くまで伸びている。
外見をできるだけ変えた本物の有栖川夏帆である。
俺たちの学校で倒れ、病院に運ばれたのは、俺が東海化学で起こしたあの事件のどさくさに紛れて連れ帰り、隠し続けていた有栖川のクローンである。
彼女には悪いが、薬物で意識を失ってもらい、散瞳により瞳孔を開きっぱなしにした状態で、山城記念病院に運ばれてもらった。
有栖川本人の記憶を転送する機会が無かったため、記憶が無いと言う状態を偽装し、この計画が完了するまで、入院し続けてもらう事にしてもらっている。
本物の有栖川はあの騒動の後、すみれ子のポールスポイスで学園を出た。
その有栖川が今、ここにいる。
俺たちと共に、小早川の到着を待っていた。
有栖川の願い。ありすがある場所に連れて行くこと。
それは単なる始まりでしかない。
「実行は私だけでやるから」 そう言った有栖川が、これからやろうとしている事はとんでもない事だ。
だと言うのに、緊張で震えているとか言う気配は感じられない。
それなりに勝算があるのかも知れない。
何しろ、相手は天才少女である。
俺は一人納得したが、俺としてもここの情報を知っておきたい。きっと、佳織はすでに様々な情報を手に入れているはずだ。
「何か分かったか?」
ちらりと横の佳織に視線に向けてたずねた。
佳織はすでにその内部に組み込まれている無線LAN装置を使って、微妙に電波が漏れ出てきている七条科学技術研究所の社内無線ネットワークに接続し、その内部を探り終えていた。
「ありすはネットにつながっていないみたい」
その言葉に有栖川が食いついた。
「あなた、ありすについて、何か知っているの?」
「いや、一般的な事だけだよ」
佳織に話をさせると何を言いだすか分からない。俺がそつなく答えておくことにした。
「で、ネットにはつながらないの?」
ありすについては、最も詳しい一人、生みの親でもあるらしい有栖川にたずねてみた。
「ありすのインターフェイスはホログラフ映像と音声を使ったものよ。
しかも、ありすが行う情報処理は単純なものではないため、マルチタスクやマルチジョブ処理には対応していないの。
一括処理である一定時間占有するのよ。だから、ネットから誰もかれもがアクセスするようにはなっていないの。もちろん、セキュリティ面も考えてなんだけどね」
パッと見、小学生のような外見と、その口から出てくる言葉の落差。
思わず、俺の思考が止まっていると、佳織が話しはじめた。
「ここの建物の構造は分かったわよ。ありすがあるのは地下3階」
「どうして、西野さんはそんな事が分かるの?」
「あ、ああ。ちょっと、事前に調べたからな」
「話の展開はそんな風ではなかったけど」
「あ。ごめん。俺の国語力がいたらなくて」
そう言いながら、頭をかく仕草と笑顔で、有栖川をごまかしてみる。
有栖川がいると言うのに、佳織に状況を聞いたことを後悔せずにいられない。




