人生リセットスイッチ
その日、俺と佳織は帰宅すると、タクシーを飛ばして、隣町にある今熊野研究所に向かった。
片側3車線の広い通りに沿って建つ高層ビル。
一階はガラス張りの構造で、広いホールが見て取れる。
タクシーを降りた俺たちが、そのビルの正面玄関に向かって、歩き始めた。
大きなガラスのドアが開き、一人の男の人が姿を現した。小早川だ。
「お待ちしていましたよ」
俺にそう言って、声をかけてきた。小早川は俺と山城のお父様の関係を知ってはいないが、俺がこの研究所の管轄権を有している事から、山城の家と特別な関係を持っているであろう事くらいは感じているはずだ。
「完成したあれのワーキングサンプルでしたっけ? 見せてもらいに来ましたよ」
俺は軽く会釈を返した後、そう言った。
人生リセットスイッチのワーキングサンプル。
元の世界では、俺はワーキングサンプルには全く触れる事はなかった。
だが、今の俺にとって、それはありすを見学するための口実でもあり、それを手に入れる事で、他の者の手によって、これから俺たちが引き起こす事件をリセットされるのを防ぐと言う意味があった。
「どうぞ」
そう言って、小早川は俺たちを研究所の中に導き入れた。
広いホール。
右側には多くのテーブルが並び、来客者たちが椅子に座って、何か打ち合わせをしているようだ。
左側には受付のコーナーがあって、二人の女性が腰かけている。
正面には後ろで手を組んだガードマンが二人、きりりとした顔つきで警備にあたっていた。
俺たちは小早川の後について、受付の女性たちのさらに奥にある場所に向かって行った。そこはエレベーターホールのようで、左右に二基ずつのエレベーターが並んでいた。
小早川がボタンを押すと、すぐにその内の一基のドアが開いた。
小早川がエレベーターのドアを手で押えながら、俺に視線を向けた。
「どうぞ」
「すみません」
そう言って、中に乗り込むと、佳織がそれに続いた。小早川も乗り込むと、15階のボタンを押した。
「あの時は本当にこんな物ができるとは思っていませんでしたよ」
少し照れくさそうな表情で、俺に言った。
照れくささの中に興奮が隠れている。小早川の口調に、俺はそう思った。
そりゃ、そうだろう。時間を遡るなんて、人類の長年の夢だ。
「でも、そんなものは人を甘やかすだけって、思うんだけど」
佳織が冷たく言った。佳織を造る事に、大きく貢献している小早川に対しての口のきき方じゃないだろ。
そう思わない訳でもなかったが、きっと佳織のプログラムの中に、製造者と言う特別な存在は無いのかも知れない。
特別な存在としてあるのは、マスターである俺と、山城家のお父様とすみれ子だけなんだろう。
「おいおい。小早川さんに、それをお願いしたのは俺なんだからな」
マスターとして、一応佳織に諭してみる。
「だからぁ。そんなものをお願いするって、どう言う事よ」
マスターとしての立場なんて、あったもんじゃない。逆に俺が説教されてしまった。そんな俺と佳織のやり取りに、小早川がぷっと吹き出した。
「失礼。あまり面白かったもので」
そう言ってから、15階に到着し、開いたドアを手で押え、俺たちを廊下に出るよう誘った。
少し広いエレベーターホール。
そこから左右に廊下が伸びている。
特に高級感がある訳でもなく、ただの事務所ビルの雰囲気でしかない。
エレベーターを降りた小早川が左側に向かって、進んで行く。
その後を追って行くと、廊下の先にドアが設けられていて、閉じられていた。
その横の壁に視線を向けると、ICカードリーダーが取り付けられている。
小早川が首からぶら下げたネックプレートをそこに近づけると、短い電子音と共に、ドアの鍵が解錠した。
開いたドアを抜けると、まっすぐに廊下が伸びていて、その一番奥は窓になっていた。そして、廊下には所々にドアが設けられていた。
小早川がその一つに入って行った。
その部屋に続いて、俺たちが入る。
数十畳はあろうかと言う部屋。
壁に沿って据え付けられた棚には、測定装置と思しきものが並んでいる。
中央にはいくつもの机が並べられていて、測定装置やPCやらをここの職員と思われる人たちが操作していた。
「どうぞ、これですよ」
小早川が一つの机の前に立って、俺にそう言った。
俺が目を向けたそこには信じられないものが二つ置かれていた。
大きさは昔流行った二つ折りの携帯くらいの大きさで、ボタンが一つ付いているだけのものだ。
そして、そのボタンを覆うように保護カバーのようなものが付いていた。
子供のおもちゃの方が、もっと作りがしっかりしているぞ!
しょぼすぎる!
「人生リセットスイッチ」と「人生リセットスイッチ2」に出てきたあれが、ついに出てきました。
作った科学者って、この人だったんです。




