佳織のほほえみ
俺のクローンを造った事が許せなくて、一瞬かっとした気分で東海化学に乗り込む事を決意したが、すぐに冷静な思考を取り戻した。
東海化学に乗り込む。
言わば敵の本拠地に乗り込むわけだ。
すみれ子にはボディガードがいるとは言っても、向こうにもあの彩香がいる。彩香とボディガードの力は互角のはずだ。
こちらには佳織もいるし、数的には有利と言っても、リスクが無い訳ではない。
万が一と言うこともある。すみれ子に何かあったら、大変な事になるじゃないか。
「だとしてもだ。わざわざすみれ子が行かなくてもいいじゃないか。
て言うか、危ないだろ? お父様に任せれば?」
俺はすみれ子を引き留めようとした。
「ご存じないのですか? お父様は今はアメリカです。
それに、向こうには島原のお兄様のクローンがいるのですよ。
また、悪用されたらどうされるのですか?
いえ。悪用した後で、処分までされてしまっては、証拠が無くなってしまいます。
クローンと言う証拠を押さえるためにも、今でなければならないんです。
そして、それがクローンだと言い逃れをさせないためにも、お兄様ご自身に一緒に来ていただく必要があるのです」
すみれ子の言い分はもっともだ。
何があっても、すみれ子は守る。その覚悟があればいい。
俺は自分自身にその覚悟がある事を確かめた。
「分かった」
そう言ってから、俺は自分の服装をチェックした。ポロシャツに短パン。ビジネスに行く訳ではないとは言え、会社と言う場所に入るにはあまりにも不似合いだ。
「ちょっと、着替えてくる。それまで、車で待っていてくれ」
すみれ子が頷くのを確かめると、俺は佳織と共に自分たちの部屋に入って、着替えた。
とりあえず、俺はチェック柄のグレーの長ズボンと、白い半そでシャツに着替えた。
佳織は半そでの白のブラウスに明るいクリーム色のスカートを選んだ。
「ちよっと、出かけてくるわ」
俺は里保にそう言いながら、玄関のドアを開いた。
ドアを開くと、外の熱気が俺の身体を一気に包み込んだ。
ハイツの階段を一段、一段降りていくたびに、汗が吹き出す。俺の後に従っている佳織は相変わらず、涼しげな表情だ。
ハイツの前に外国製の高級車が止まっている。それにすみれ子は乗って来たのだろうが、いつもの白のポールスポイスじゃない。
俺たちが近づいて来る事に気づいたすみれ子のボディガードが助手席から出てきて、後部座席のドアを俺たちのために開いてくれた。
佳織を先に乗せようと、手で合図すると、佳織が俺の前に回り込んで、後部座席に乗り込んだ。
俺は乗り込みながら、後部座席の奥に座っているすみれ子にたずねた。
「今日はポールポイスじゃないのか?」
「はい。あれは目立ちすぎます。
東海化学に私が来たとすぐに分かってしまいますから」
にこりとしながら、言った。
なるほど。思わず、俺はすみれ子の注意深さに感心してしまった。
後部座席に乗り込みながら、後部座席のドアを開いてくれていたすみれ子のボディガードに言った。
「ありがとう」
「いえ」
そう言って、俺が後部座席に乗り込むと、ドアを閉じてくれたボディガードの額には汗がにじんでいた。
汗?
俺は視線をすみれ子に戻した。
すみれ子は正面を向いて座っていたが、俺の視線に気づき、俺ににこりと微笑んだ。
ボディガードは後部座席のドアを閉じると、助手席に乗り込んだ。
静かに俺たちを乗せた車が走り出した。
流れる景色の中、俺はポケットから、スマホを取り出して、メールを打ちはじめた。
「どうされたのですか?」
すみれ子がにこりとした表情で言った。
「いや、ちょっと、残してきたあいつらに言い忘れた事があってね」
俺はそう言いながらも、視線はスマホに向けたままで、文字を打ち続けた。
文を全て打ち終えると、送信ボタンを軽くタッチした。
スマホ画面に送信中の表示が現れ、手紙が画面の中で飛んで行く。
「送信が完了しました」のメッセージを確認すると、俺はスマホをポケットにしまった。
ちらりと横に視線を向けると、佳織がにへらとしていた。
汗?
それに主人公が打ったメール。もう少し先で、その意味が明かされます。




