時間をリセットなんて!
確かに田島の家は一代で急成長した家だ。
それだけに危ない事だってしてきたかも知れない。
そんな成り上がりの家とは言え、今では仮にもこの国を代表する財閥の御曹司である。
そんな人物の言葉とは思えない。
いや、だからこそ、田島は大きな声を出さなかったんだろう。
「ね、どうするの?どうするの?
帰り道、襲ってくるのかも」
佳織がうれしそうな笑顔で、俺の前に回り込んできいてきた。
「いくらなんでも、そんな事する訳ないだろ。
あれでも、金持ちの息子なんだから」
「甘いなぁ。金持ちの中にも、二種類の人間がいるんだよ。
一つはいわゆる出来た人。もう一つは自分の力を誤解して、他人をも自由にしようとする人間。それができないとなるとどんな事でもしかねない。彼はその後者よ」
佳織は自分の意見に酔っている。
一人で、うんうんと頷いている。
俺は田島が俺の事を嫌っているのも、その理由も知っている。
あいつは佳織の事が好きなのだ。
だが、その佳織が田島には見向きもせず、俺と引っ付いている。
それが気に食わないのだ。
「助けてって言うのなら、別に私は助けてあげてもいいんだけどね」
佳織は嬉しそうである。
全く、俺が襲われるのを期待しているかのようじゃないか。
「いらないよ」
「そ、じゃあ、私は知らないんだからね」
楽しみを奪われて、拗ねた小さな子みたいな事を言って、ぷいっと横を向いたかと思うと、俺に背を向けて一人で校門を目指して歩き始めた。
徒歩で校門を目指す俺たちの横をお迎えの車が通り過ぎて行く。
元々徒歩なんかで帰る生徒は少ない。
俺はあたりに佳織以外がいない事を確認すると、スマホを取り出した。
うまく行けば、もう必要ないかも知れない。
だが、万が一と言う事もある。
それなら、少しでも早い方がいい。
俺はほぼ一年前にあのリセットスイッチを造れないかと相談した。
それをもう一度依頼した。
「もしもし。小早川さん?」
「はい。私ですが、あれに何か不具合でも?」
「いえ。快調すぎるくらい快調ですよ。
やはり、僕に合わせたチューニングは恐ろしいほど、僕の心を鷲掴みにしちゃいます。
逆に困ったくらいですよ」
「それはよかった」
その声は嬉しそうだ。
それだけ、研究の成果があったと言う事なんだろう。
「で、今回の話なんですが、時間をリセットしたいんですよ。
過去に戻る装置作れませんか?」
「タイムトラベルですか。理論的には可能かと思われますが、それを実現するのは」
「小早川さんなら、きっとできますよ」
一年前と違って、今の俺には自信があった。
現に、俺はその装置で、今ここにいるのだから。
きっと、一年前に言ったこの言葉より、今の言葉の方が自信にあふれていたはずだ。
「分かりました。検討してみましょう」
「お願いします」
「時間をリセットなんて、とんでもない話よね」
電話を切ると同時に、俺の話を聞いていた佳織が冷たい視線で言った。
「どうして?」
「そんな事も分かんないの?」
冷たい視線が、ますます冷たい視線になっている。
きっと佳織の思考回路の中では、過去に戻ると言う事は悪と定義されているに違いない。
「人生は一度きり、後戻りできないから、全力で突っ走るしかないんじゃない。
そのために流した汗こそが美しいのよ。ゲームじゃないんだから、リセットしてどうするのよ」
そこに人の命がかかっていなかったとしたら、正論だ。
佳織に反論するのは面倒だ。
「確かにな。別に俺もゲームのようにたやすくリセットしようとは思っていないし」
それが佳織への精いっぱいの反論だった。
その言葉で、佳織の冷たい視線は冷凍庫の冷たさから、冷蔵庫あたりの冷たさくらいまでには、ましになったが、まだ冷たい視線を俺の横で向けていた。




