やって来たすみれ子
真夏の日差しがレースのカーテン越しに部屋に差し込んできている。
真夏の熱気に打ち勝とうと、エアコンはかなりのエネルギーを消費しているはずだ。
俺は今、ソファに座って、何もしていない。
有栖川からの願いを叶えるには、打ち勝たなければならない障害が多すぎる。きっと、そのために消費する労力も並大抵なものではないはずだ。
ぼんやりと、そんな事を考えているだけの俺。
「あれから、何だか元気ないわね」
そう言った佳織はいつもと変わっていない。
「お前はいいよな。気苦労とか、悩んだりとか無いから」
「はいぃ? それって、私に喧嘩売ってるって訳?」
「羨ましいって、言ってんだろ」
どこが羨ましいんだと言いたげに、佳織の眉間にしわがよった。
「私も羨ましいです。佳織さん」
そう言ったのは里保だ。振り返ると、両手を胸のあたりで結んで、瞳はきらきら状態だ。心底、そう思っているらしい。
「だって、何でもできて、それでいて強いし」
まあ、それは確かだ。
「そんな事言ったって、何も出ないんだからね」
そう言って、ぷいっと横を向いた。
ちょっと、ねじれた性格。
何でもできるだけでなく、こいつの性格は全くと言っていいほど、俺の好みだし。困ったもんだ。
そう思って、視線を佳織のちょっと尖った口先に向けた時、佳織の表情に変化があった。
「誰か来る。それも何人も」
まず、この部屋にやって来る知り合いなどいない。
時折、訪問販売なんかが来たりもするが、それはほとんどの場合、一人だ。複数でやってくる可能性があるとすれば、後は隣の家のお客さんだが、それも滅多にない。
この前の事件が記憶にある俺は、嫌な予感がした。
佳織は立ち上がって、玄関に向かい始めている。
「本当に佳織さんって、感がいいと言うのか、耳がいいと言うのか」
里保がそう言って、感心した表情で佳織を見送っている。
「耳がいいんだよ」
そう言って、俺も佳織の後姿を見つめた。佳織が玄関のところで立ち止まった。
隣の客か? それとも。
そう思っている内に、インターホンのチャイムが鳴った。やっぱり、うちの客だ。一体誰だ?
俺は警戒心いっぱいの表情で、ソファから立ち上がった。
「はい。どちら様ですか?」
佳織の声は表情とは違って、かわいさ満杯だ。
佳織が玄関のドアを開く。
俺の視線がそのドアの向こうに向かう。ゆっくりと開くドアの向こうにいたのはすみれ子だ。
「すみれ子さん」
佳織がそう言った時には、俺はすでに玄関に向かっていた。
すみれ子の背後には、真っ黒なサングラスでその表情を隠したボディガードの二人が立っていた。
「一緒に来ていただけませんでしょうか?」
すみれ子の表情は真剣で、その視線は佳織を通り越して、俺に向かっている。
どこかに来いと言うなら、電話やメールでもよかったはずなのに、迎えを兼ねてここまで来たと言うことか。しかし、突然な話だ。
「どこに?」
俺が少し戸惑い気味にたずねた。
「はい。東海化学精製所です。あの事件の真相が分かりました。
やはりクローンを使っていました。これから、その現場を押さえて、大久保のお兄様の非を明らかに致します」
俺の目が見開いた。
俺にそっくりの男が引き起こした傷害事件。その黒幕は大久保だったと言うことか。俺やすみれ子の想像が当たっていた。
しかも、俺のクローンを使って。
有栖川ではないが、あまりいい気はしない。そんなクローンがあの大久保の手にある。
あいつが、いつ俺とそのクローンの入れ替わりを計画し、実行してくるかも知れない。
早く解決させた方がいいのは事実だ。
俺は一人大きく頷いた。




