有栖川のクローン?!
「いや。無いが」
俺は正直に答えた。有栖川が、がっかりした表情を見せないところを見ると、この答えは想定内だったようだ。
「見に行くことはできる?」
有栖川が聞きたかったのは、この話のようだ。だが、ありすの所に行ってどうすると言うのか?
「口実があれば、行けない事はないだうろけど」
俺は怪訝な表情全開で、有栖川に答えた。だが、そんな俺の表情など、気に留める事もなく、有栖川は俺の言葉を肯定的にだけ捉えたようだ。
「じゃあ。あなたにお願いがあるの。そのために、あの子の正体を教えるわ」
「あの子はね。私のクローンなのよ」
その言葉に俺の心は凍りつきながらも、頭の中では一生懸命、検証作業が始まっていた。
結希に有栖川の髪型を重ね合わせてみる。
まだ幼く丸みをおびた顔だが、二重で大きな目、通った鼻立ち、小さめの口。確かに似ている。
有栖川が嘘を言う理由は見当たらない。
だとしたら、それが真実。
有栖川には自分のクローンがいた。
普通、人間にとって、自分のクローンの存在など、気持ちのいい話ではない。
それはきっと、有栖川にとっても同じだろう。だから、有栖川はクローンに異様な反応を示していたのか。
しかも、有栖川のクローンを造っているのは山城財閥の東海化学精製所だ。それを知っているとしたら、山城財閥を嫌う理由は十分にある。
有栖川はそれを知っているからこそ、すみれ子に対して、あんな反応をしていたんだ。
俺の頭の中で、有栖川の態度の理由が解決した気がした。だが、新たな謎が浮かび上がってきた。
どうして、有栖川のクローンが造られているのか?
頭脳明晰な有栖川のクローンが欲しいのか。待て、ありすとは何の関係があるんだ?
俺の思考が一つの結論とありすの謎にたどり着いた時、有栖川は俺の想像を超えた話を始めた。
「私のクローンが造られている理由と私のお願いはね」
そう言った後、有栖川は要点だけをかいつまんで、俺に話をした。さすがに頭脳明晰だけあって、その話は理解しやすかった。そして、それは常人なら拒否すると思われるとんでもない話だった。
「まじかよ?」
俺の言葉にうなずく、有栖川。
「だから、お願い。協力して」
「しかしだ。それは山城財閥を敵に回す気が、いや、もっと危なくない?
国家を敵に回す気がなければ、手出ししてはならないと思うんだが」
「あなたたちは、私をありすの前に連れて行ってくれるだけでいいの。実行は私だけでやるから。決して、あなたたちに迷惑はかけないから」
有栖川が俺の目の前で、頭を下げている。
有栖川が頭を下げて、人にお願いごとをする姿を初めて見た。
それだけ、実現したいと言う想いがあるんだろうが、事はそう簡単な事ではない。
有栖川の話では、最後の行動に出るのが有栖川だけだと言う事だが、有栖川と共に行動をする事になる俺たちが無罪放免とはならないに違いない。
クローンの事だって、助けてやりたい気はある。だが、俺だって、自分自身もかわいい。
クローンたちの未来と俺の未来。天秤にかけて、結論を出すしかない。
「ちょっと、考えさせてくれ」
そう言って、結論を先延ばしにするのが限界だった。
「お願い。力になれそうなのは島原君しかいないの」
一度頭を上げ、俺を見つめて、そう言った。その瞳は濡れている。俺は思わずたじろいで、一歩下がった。
「お願い」
有栖川は再び頭を下げた。
「とにかく、ちょっと時間をくれ」
俺はそう言って、体を反転させた。これ以上、有栖川を前にしていては、「分かった」と言わされてしまいそうだ。
俺は早足で、中等部の校舎の出口を目指す。
校舎のドアを開けて、中庭に出た。
外のむわっとした熱気に包まれたが、それほど気にならない。そんな暑さに気を回すほどの余裕はなく、頭の中は混乱状態だ。
「ねぇ。どうするの? どうするの?
クローンたちを助けてあげるの?」
中等部の校舎を出て中庭を歩き始めた時、佳織が俺の前に回り込んできた。その顔つきはうれしそうだ。
「ああ? 俺にどうしろと言ってるんだ?
そもそも、お前は山城財閥に逆らう事ができるのか?」
「山城家のお父様やすみれ子さんに危害を加える事はできないよ。でも、そう言う事でなければ、伸君がやれって言うなら、やっちゃうよ。
たとえ、それが山城財閥系列の会社だろうと人間だろうと」
そう言って、にこりとした。佳織が俺に従うと言うのなら、有栖川の願いを聞いてやる事はできるかも知れない。
だが、俺は決断できないでいた。
有栖川の願いと、ありすの関係。それが何なのか? 今しばらく、お待ちください。




