消えた有栖川
有栖川の意外な言葉に俺が固まっている間に、有栖川は反転して校舎の中に姿を消した。
二人のSPたちも有栖川に続いて校舎の中に消えて行くと、金属の重いドアがきしむような音を立てて閉じた。
目の前の壁が消えたと言うのに、校舎の中に入ろうとせず新たなドアと言う物理的な遮蔽物に進路を再び遮られた。
「何してんのよ? 入るの? 入らないの?」
不機嫌そうな佳織の声で、再び俺の思考回路は動き始めた。
「まずは入ろう」
目の前のドアを開いて、涼しげな空間に俺たちは入って行った。
外とは打って変わった快適な環境。吹き出していた汗が一気に引いて行くと、少し肌寒さを感じるくらいだ。
校舎の中は初等部の児童とその保護者たちでにぎわっていた。
廊下に教室、部活の部屋。いたるところに初等部の児童たちがあふれていて、時々結希のクラスメートたちもいた。
「結希ちゃんも来られたのですね?」
児童と言えど、言葉使いが違う気がする。身なりもこぎれいすぎる。そして、上品さがにじみ出ている。
さすが桜華学園の児童である。
「うん。外もおもしろかったよ」
結希の言葉は庶民丸出しである。
まあ、そんな事気にしても仕方ない。そう言えば、最近里保の言葉が俺たちに近づいている気がするじゃないか。
有栖川の言葉は引っかかったままだったが、そんな事を考えたりしながら、結希の後をついて校舎の中を回っていた。
そんな時、廊下の向こうからやって来るいかつい二人の姿が目に入った。
有栖川のSPだ。だが、その近くに有栖川の姿はなく、教室の前に来るたびにドアを開けて、教室の中を確認している。
変だ。有栖川がいなくなったのか?
男たちの行動は、そんな雰囲気だ。
俺は廊下の端に立ち止まって、怪訝な表情で男たちを見ていた。
里保と結希はそんな俺に気付かず、俺の前をすたすたと歩いている。
佳織は俺の後ろに立って、耳元に囁いてきた。
「きっと、何かあったんだよ」
佳織も俺と同じことを感じ取ったようだ。
振り返ると、佳織はにへらと嬉しそうな表情をしていた。トラブル好きも困ったもんだ。
そう思った時、俺のスマホが小刻みに振動した。
ポケットに手を入れて、スマホを取り出した。
非通知の着信。
誰だ?
そう思いながら、電話に出た。
「はい」
不審げな声になってしまった。
「島原君」
聞き覚えのある女の人の声だ。
状況から、その声の主はすぐに分かった。
どうやって、俺の番号を調べたのかは分からないが、間違いなく、その相手は有栖川だ。
「そうですが」
どうやら、有栖川はSPたちを振り切って、どこかから俺に電話をかけてきているんだろう。
SPたちを振り切らなければならない理由とは何だ?
そう思っている時、SPたちは俺たちの目の前に来ていた。
サングラスでその表情は隠されていて、よくは分からないがその動きから焦っているのは確実のようだ。
ここで、「有栖川か?」と言えば、きっとSPたちは俺のところによってくるだろう。
だが、有栖川はあの二人をまいてまでして俺に話したい何かがあるんだろう。
それはあのさっきの言葉と関係があるに違いない。
そう思うと、俺はその言葉を口にできなかった。
「私、有栖川。
島原君にどうしても話したい事があるの。すぐに中等部校舎の図書室に来てくれない?」
「分かった」
俺がそう言った時、SPたちが俺の横を通り過ぎて行った。
高等部の校舎と中庭をはさんで向き合うように建つ中等部の校舎。そこに有栖川がいるとは知らず、まだこの校舎を探しているなら、有栖川と話をする時間くらいはあるだろう。
「里保ちゃん。俺、ちょっと行くところができたんで、悪いけど結希ちゃんと回っていてくれる?」
振り返った里保は軽く頷いた。俺は軽く片手を上げて、体の向きを反転させた。その俺に従うように、佳織も向きを変えた。
「西野さんも、行くの?」
「もちろん」
里保の問いかけに、当然のように佳織が答えた。




