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宣戦布告

 目の前に飛んできた土を防ごうと、目を閉じ、腕で顔をかばいながら、体を引いた。

 まずい。

 どこに川西の拳が飛んでくるか見切れない。


 「だめだよ。そんな汚い手を使っちゃあ」


 俺の耳に佳織の声が飛び込んできた。俺が目を開けると、川西の腕を横から佳織が掴んでいた。


 「どこから現れた?」


 そう言った川西の顔は時々ぴくぴくっと動き、それに合わせて体が後ろによじり気味になっている。

 佳織に掴まれた腕を振り払おうとしているようだ。しかし、完全に力負けしていて、佳織の腕を振り払えないようだ。

 三人の男たちは目を見開き、完全に固まってしまっている。


 「くそっ。なんだ、こいつ」


 川西がうめくようにそう言ったかと思うと、向きを佳織の正面に変えて、左手で殴り掛かった。

 その拳を何も無かったかのように、佳織は左手で振り払ったかと思うと、掴んでいる川西の右腕をねじ上げた。


 「ねぇ。こいつ、やっちゃっていいかな?」


 にへらとしながら、佳織が俺に聞いてきた。

 一見、かわいい女の子。

 その落差が、あまりにも不気味過ぎる。

 特に、佳織の強さを知っていると恐怖でしかない。


 三人の男たちの一人が少し後ずさりした。

 そのかすかな動きに俺が視線を向けた途端、三人の男たちは悲鳴を上げて、逃げはじめた。

 捕まえてもいいが、捕まえても何の価値も無い。俺はそのまま男たちを見逃す事にした。

 俺のそんな気配を察して、佳織も追おうとはせず、川西の腕をねじ上げたままだ。


 「ねぇ、どうなのよ?」


 俺が返事をしていなかったからか、不機嫌そうな声だ。


 「あー。それはまずいんじゃね?」


 俺の言葉に佳織のほっぺが膨らみ、口先が尖った。


 「それよりかさ。カメラはどうしたんだよ?

 ちゃんと撮れてるんだろうな」


 そうなのだ。佳織はこれ見よがしなビデオカメラで、川西とあの男たちが接触し、俺を襲う相談をし、そしてそこに偶然現れた設定の俺を襲うと言う一部始終をカメラで映像に収める事が仕事だったのだ。


 佳織が不機嫌そうな表情で、顎先をぷいっと振った。

 俺がその先に視線を向けると、植栽の上にビデオカメラが置いてあった。

 そのレンズの先は川西に向けられていた。


 と言う事は川西が俺を襲おうとしたところも撮れているはずだ。

 そして、異常な速さで川西の拳を止めた佳織の姿も。って、おい。田島に見せれないじゃないか。

 そこは見せないとしてだ。


 「で、こいつらの会話は何が録れているんだ?」


 そう言いながら、俺はカメラに向かって行った。


 「伸君を襲うように言っているところとか、お金を渡すところとかの話が入ってるので、十分なんじゃないかな」

 「なるほど、それだけあれば十分だろ。

 なぁ、川西さん」


 自分の名前が割れている事、自分がわなにはめられた事を悟って、その表情は引きつっている。


 「田島に連絡してよ」


 その言葉はダメ押しだった。あの逃げた男たちから、自分の名前が割れている事くらいは覚悟していただろうが、あいつらにも明かしていない自分の素性がばれている事は想定外だったんだろう。

 顔中から大粒の汗を吹き出している。


 「佳織、こいつの携帯は?」


 佳織が視線を川西の首のあたりから、下に向けて動かして行く。すぐにそれは止まって、俺に言った。


 「左胸のポケット」


 俺が川西に近づいて行く。

 両手を佳織に掴まれた川西が、体をよじって何とか逃れようとしている。

 俺はそんな川西の横から、手を伸ばして胸ポケットの中に手を突っ込んだ。

 外の空気も暑く、湿っぽいが、スーツの裏側はもっと湿度が高い。気持ち悪さに耐えながら、ポケットに手を入れて、携帯を取り出した。


 シルバーっぽい、二つ折りの携帯だ。それを開けて、操作してみる。

 川西は体をよじって、佳織から逃れようとしたままだ。

 アドレス帳。それを開いて、田島の名前を探す。

 おぼっちゃん。

 その名前に思わず、俺はぷっと吹き出した。そのまま、俺は発信ボタンを押した。

 俺がそのまま携帯を耳に当てる。

 川西は俺がしようとしている事を感じ取り、一層激しく暴れはじめた。

 右足を振り上げ、佳織を蹴ろうとした。

 その距離で、足だけで蹴っても大した威力は無い。だが、佳織はそんな事にお構いなく、容赦しない。

 むっとした表情を一瞬見せたかと思うと、何かが折れる鈍い音がして、川西が悲鳴を上げた。


 俺の目ではとらえられなかったが、脳の中には想像のイメージが浮かび上がった。

 佳織は川西の腕を掴んでいた手を一瞬離して、蹴り上げてきた川西の足を拳で叩き折ったんだろう。

 そして、そのままもう一度川西の腕を掴み直した。

 川西は片方の足を折られてしまい、もう立っている事もできないらしい。

 今にも崩れ落ちそうな体勢だ。

 佳織が掴んでいた腕を離すと、見事に地面に崩れ落ちた。

 そんな光景を見ていた俺の耳元で、電話の相手の声がした。


 「なんだ?

 終わったのか?」


 聞き覚えのある田島の声だ。俺の頭の中に、小太りの体型のやつの姿が浮かび上がった。


 「あー。田島君?

 庶民の島原なんですけどね」

 「何で、お前がその電話を使ってるんだ」

 「お宅の川西さんがさ。ごろつきを雇って、俺を襲おうとしたんだよねぇ。

 あ、否定してもだめだからね。こっちには証拠のビデオがあるんだ」

 「何を言っているのか、分からないな」

 「そう。じゃあ、このビデオの映像をネットに流しちゃおうかな。

 田島家のボディーガードと言う字幕付きでさ」


 田島の反応を待とうと、一息あけてみた。何の反応もない。


 「言っておくけど、俺たちは脅そうとか言う訳じゃないからな。

 ちょっと、話を聞きたいだけなんだ。

 あの日、俺によく似た男が犯罪を犯した日の事。知ってるんだろ?

 あの日、里保のところに脅しの電話をかかってきたんだけど、偶然なんかじゃなかったと思うんだな。

 きっと、あの事件とお宅は何か関係しているんだろ?

 そこの話を聞きたいんだ」

 「知らん。そんな話は知らん」


 田島の声は少し焦り気味だ。図星だからか? いや、それ以上に何かあるのか?


 「まあ、今でなくてもいいよ。

 また連絡するわ。

 あ、そうそう。お宅の川西さん、怪我して動けそうにないみたいだよ。迎えに来てあげてね」


 俺はそう言って、手にしていた携帯を川西の前に突き出した。

 苦痛に顔を歪めながら、川西が携帯に手を伸ばした。俺の手から携帯を受け取ると、川西が話しはじめた。


 「す、すみません。しくじりました」


 もう俺に興味はない。佳織に視線を移すと、佳織も興味なさげな表情で、視線もどこに向いているのかさえ分からない。


 「佳織、帰ろうか」


 そう言って、手を差し出すと、佳織は嬉しそうな顔をして、俺の手を取った。


 「伸君がつないでほしそうだったから、つないでるんだからね」


 得意げな表情で、佳織が言った。俺はただにこりと微笑み返して、家を目指しはじめた。

 あとは撮り終えた映像のコピーを田島に送り付け、再度脅しをかけてみるだけだ。

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