階層社会はここにもある
この学校の正門から奥まったところにロータリーがあって、その前にあるのは校舎の正門だ。
そこに出てきた自分の家の御坊ちゃまやら、お嬢様やらを見つけると、お迎えの高級車が飛んでやって来る。
佳織と二人で徒歩で帰る俺は、そんな光景とは無縁だが、今日は校舎の壁にもたれて、じっとある人を待っていた。
まだ、それほど日差しはきつくはないが、ずっと日差しを浴びていると体中が熱くなってくる。
「ねぇ。まだなの?」
時間を持て余している佳織が、口先を尖らせて不機嫌さをアピールした。
「その唇、かわいいね。キスしていい?」
「もう。からかうんなら、先に帰っちゃうんだからね」
今度は腕組みをして、ほっぺをふくらませると、「ふん」と言って、横を向いた。
俺はそんな佳織の横顔に、にこりとした後、視線をロータリーに戻した。
視線を向けたそこに立っていたのは宮島やよい5号だ。
彼女を見つけた運転手がロータリーに車を乗りつけると、助手席から降りた男の人が、後部座席のドアを開けた。
宮島やよい5号がドアを開けた男の人に軽く会釈をして、後部座席に乗り込んでいった。
俺の知っている未来では、これが最後のお迎えである。
明日はお迎えが来ず、一人帰る事になる。
そして、その帰り道で行方不明となってしまうのだ。
つまり、5号と言う番号が欠番になる。
宮島やよい5号を乗せた車が発進すると同時に姿を見せたのは、山城すみれ子だ。
この国一番の財閥の一人娘で、この学園の中等部二年生。
腰のあたりまである長く輝く真っ直ぐな黒髪。
垂らした前髪に少し隠れていても、その瞳は大きく見開いている。
彼女のお迎えの車はロータリーのすぐ入口で待機していた。
それはいつもの事である。
この国の社会には見えない階層があるが、それは上流階級の社会の中にも、存在していた。
この国一番の財閥である山城家に誰もが遠慮し、その場所に近寄る車など存在していなかった。
だから、彼女の迎えの車が後から来ても、その場所だけは山城の家のために、いつも空いていた。
俺が駆け出した時には、彼女の迎えの車はロータリーの中で減速し、校舎の正門で停車しようとしていた。
「すみれ子!」
俺の声に、みんなが反応した。
「まぁ、すみれ子様を呼び捨てにされましてよ」
「あのお方はどちらのお方なんですか?」
そんな声は無視して、俺はすみれ子を目指して行く。
いかにも急ぐ用件がある。
そんな雰囲気の俺に、すみれ子も俺に向かって歩き始めた。
正門の前に停車してしまったすみれ子を迎えに来た車は、そのまま停車して、成り行きを見守っている。
その間にも、正門に現れる良家の子女たち。
だが、すみれ子の車が停車したままなので、迎えの車も入って行けない。
それでも、誰も文句は言わない。
いや、言えない。
みんな、すみれ子が車に乗り込んで、去って行くのを待っている。
「なぁに?」
俺に近づくなり、すみれ子がうれしそうに言った。
良家の子女が普段口にする言葉と言うより、普通の女の子が親しい人に語る時の口調だ。
「頼みたい事があるんだ。
すみれ子なら、お父様を動かせるだろ?」
「お父様?簡単ですよ」
にこりとしながら、首をすこし傾げてみせた。
「で、何を頼むのですか?」
俺がすみれ子の髪を右手で寄せながら、耳元に近づいて囁くように話した。
軽く頷きながら、俺の話を聞くすみれ子。
すみれ子に頼みたい事全てを告げると、俺は一歩下がって、すみれ子から離れた。
「分かりました。
ですが、明日までとなりますと、急がないといけませんわね」
「ああ」
「では、明日」
そう言って、すみれ子は俺に背を向けて、迎えの車を目指した。
「以前にも、すみれ子様になれなれしくしているところを見た事がありますわ。あの人。すみれ子様とどう言うご関係なのかしら」
「すみれ子様のお付の方々が黙っておられるのは、どうしてなのかしら」
校舎の正門近くに集まっている生徒たちは、俺の話をしていた。
それに気付いた俺が視線をそこに向けると、あの田島も立っていた。
俺を睨み付けるような視線で。
すみれ子は後部座席に乗り込む前に、一度爪先立ちして、背伸びするかのような姿勢で俺を見つめながら、軽く手を振った。
俺がそれに応えて、にこりとした笑みと軽く手を振りかえすのを確認すると、すみれ子は後部座席に乗り込んだ。
すみれ子を迎えに来ていた車がゆっくりと発進し、その場から立ち去って行った。
それと入れ替わるように入ってきたのは、田島の迎えの車だった。
山城の家とは格段の差があるとは言え、この国の9番目の財閥である。
誰もその前に入っては来ない。
俺がそんな田島に視線を向けていると、後部座席に乗り込む直前、睨み付けるような視線で俺に向かって何かを言った。
田島が大きな声を出していなかった事と、俺たちの距離、車のエンジン音などが複合的に組み合わさって、俺には田島が何を言ったのか、聞き取れなかった。
だが、その視線の先は確かに俺だった。
俺は横にいた佳織の右腕をつんつんした。
佳織がちょっといらっとした視線を俺に向けた。
「あいつ、俺に何言ったんだ?」
「知りたいって訳?仕方ないわね」
少し意地悪そうな笑みを俺に向けて、一度そこで言葉を止めた。
そして、「えへっ」てしたかと思うと、話を続けた。
「帰り道には気をつけろだってぇ」
は? まじかよ。不良か何かの言葉じゃないか。




