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里保の慟哭

 快晴の空が憎らしくなるほど、太陽が俺を照らし続けている。

 スーツの上着は脱いで手に持ってはいるが、シャツだけでも暑すぎる。

 世の中のサラリーマンたちは大変だと思いながら、歩道を進んで行く。


 歩道に沿って広がる広大な公園からはうるさいほどの蝉の鳴き声がしていて、俺の暑さを倍増させている。

 少し離れた場所を涼しげに歩いている佳織とは対照的に、結希はへばり気味だ。

 普通の子供のように遊び回っていないため、体力が無いのかも知れない。


 「佳織、おんぶしてやってよ」


 俺の言葉に結希の方が先に反応した。


 「大丈夫。いらない」


 そう言ったかと思うと駆け出して、先をてけてけと走っている。


 「分かったから、走るな。危ないから」


 俺の言葉に、結希は立ち止まって振り返ると、俺に小さく頷いて見せた。

 俺は結希のところまでたどり着くと、少しペースを落として、横を並んで歩き始めた。

 やがて、交番に前に止まっているパトカーのボンネットが見え始めた。

 交番はどんどん近づいてきて、俺たちのハイツが見えてきた。


 「ほら、今日からはあそこで暮らすんだよ」


 俺が腰を落として、結希の目線位置に合わせながら、俺たちのハイツを指さした。

 「うわぁー」と言う感じの嬉しそうな表情で、結希は大きく目を見開いた。


 「さあ、行こう」


 俺が手を差し出すと、結希は俺の手をとった。

 二人並んで階段を上がって行く。その後に続く佳織。

 階段を上る三人の足音が、響いている。


 ドアの前で鍵を取り出して鍵を開け、中に入って行く。

 玄関の先のリビングダイニングには誰もいない。

 すぐに俺たちが帰って来た事に気付いた里保が自分の部屋から出てきた。


 「お帰りぃ。どうだっ」


 にこやかだった里保の表情が驚きの顔つきになって、言葉が止まった。

 俺たちが連れている結希を凝視して、言葉を失ったらしい。


 俺は玄関で立ったまま、今日見てきた事をありのままに話した。

 里保の表情は驚きから、悲しみ、恐怖、怒り、そして再び悲しみとなって、俺が結希と名付けた子を抱きしめて、泣き崩れた。

 あそこは処分された宮島やよいのクローン達とは関係が無かったが、きっと俺が見たクローンたちの姿に、欠番となり処分された仲間のクローンたちの姿や、自分がそうなっている姿を重ね合わせたんだろう。

 いや、まだ宮島やよいを名乗っているクローン少女たちが、これから先欠番となり処分される姿も思い描いたのかも知れない。


 「もう大丈夫だからね」


 里保が結希を抱きしめながら、涙声で言った。

 里保の瞳からは涙があふれ続けている。

 結希もずっと耐えていた気持ちが再び緩んだのか、里保に負けないほどの涙を流して、体を大きく震わせ始めた。


 「どうして、人間はそんな事をするの?

 ねぇ、教えて」


 里保が絶叫気味に俺たちに向かって叫んだ。

 今、この空間の中では、里保にとっては結希は身内であって、俺たちは自分たちに害をなす敵のような存在なんだろう。

 その気持ち、分からない訳ではない。

 だが、俺だって、その答えは持ち合わせていない。

 黙って、二人が落ち着くのを待つしかない。


 俺は玄関で立ち尽くしたままじっとしていた。

 佳織もその横で、黙って二人を見つめていた。


 どれくらいの時間が経ったんだろうか。

 里保が落ち着きを取り戻した。

 結希を離したかと思うと、涙を袖で拭って、俺たちに震える声で話しかけてきた。


 「ごめんね。島原君や西野さんは私を助けてくれて、この子も助けてくれたのに」


 俺はただ頷き返すしかできなかった。


 「ねぇ。そんな事を止める事はできないのかな?」


 里保の言葉に、俺も止めさせたいのが本音である。

 だが、そんな方法は思いつかない。


 「うーん」


 俺が腕組みして、うなり声を上げた時、佳織が俺の肩をつんつんしながら、言った。


 「ねぇ。止めさせたいの? それともふりだけな訳?」

 「は? 止めさせたいに決まってるだろ」

 「じゃあ、一つアイデアを出してあげるわよ。

 私、仕掛けてきたんだ。あそこのセキュリティシステムに」


 それを早く言えよと言いたいところだが、佳織の機嫌を損ねて、ぷんぷんされてはたまらない。

 下手に出てたずねてみる。


 「何を? で、どうするんだ?」


 俺がそう言ってたずねると、佳織は自慢そうに話しはじめた。

 要約すると、寺下産業のサーバーの中に、監視カメラの映像を外部の動画サイトに垂れ流しにするウイルスを仕込んできたと言うのだ。

 それを起動すれば、あの恐ろしい動画が世の中に垂れ流される。


 つまり、隠さなければならない非人道的な行為が世間に公開されてしまう。

 その結果、うまく行けば警察の手が入り、全ては白日の下にさらされ、二度とあのような行為は行えなくなる。

 万が一、警察介入に至らなくても、あのような実験は当分行われなくなるはずだ。


 思わず、俺はその作戦に乗った。

 そして、その動画の情報は社会に大きな衝撃を与えた。


 「クローンって、本当にいたんだ」

 「クローンは造っちゃだめだろ。しかも、人体実験に使ったら、もっといかんだろ」

 「真相の究明を求めないと!」

 「これは殺人ですよ。犯罪者には裁きを」


 ネット上に次々に書き込まれる非難の書き込み。

 だが、この映像はあまりにも大きすぎて、現実離れしすぎていた。


 「こんなの作り物に決まってんだろ」

 「踊らされてんじゃねぇよ」

 「デマだよ。デマ」


 次第に増えて行く、否定的な書き込み。


 「そうだよな。クローンなんて、いる訳ねぇし」

 「いたとしても、そんな実験をするような奴はこの国にはいねぇよ」


 否定的な書き込みに賛同する書き込み。

 ネット上の流れは、完全に俺たちが流した寺下産業の動画をデマだとするものに変わって行った。

 そこにマスメディアも加わって、全てを否定し、とどめをさした。


 巨大な力の意思を俺は感じた。

 その力の前に、俺たちの作戦がどれだけの効果を出したのかは分からない。

 まだあの実験は続けられているのか、中断しているのかさえ分かっていない。

 クローンたちを人体実験から救う作戦は失敗ぽかったが、少しは役立ったかも知れない。

 それにこの事実をもみ消した力の裏には、クローンを造っている者たちの力が働いているはずだ。そこを辿れば、山城家にたどり着く可能性が十分あった。

 俺は山城家にたて突いてまで、クローンを助けると言う決断はできなかった。

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