クローンを使った人体実験
佳織がキーを叩くと新たなウインドウが表示され、16進の数値が表示された。
ブロック状で表示されている映像をデジタルの数値データで表示させたようだ。
流れていく数値データを時折停止させては、何かを確認している。
「これはDCTの部分に手を加えたのではなく、ハフマン符号のテーブルが変えられている?」
佳織がぼそぼそとつぶやいた。
何の事を言っているのか、俺には分からないが、思考が言葉に出ているではないか。
ぶつぶつとつぶやき続けながら、キーを叩いている佳織を肘でこついた。
俺としてはぶつぶつ言うなと言う意味だったが、真剣だった佳織に、するどい目で睨み返されてしまった。
かなりハードルが高そうだ。
それだけ、隠したい映像なんだろう。
そのデータを何としてでも、復号化しようと、佳織のPCにはいくつものウインドウが開いていた。
時間がかかりそうだ。
そう思った時、ドアがノックされて、開いた。
俺が目をそこに向ける。
佳織も一瞬、ちらりとそこに視線を向けた。
目の前の広中と同じネックプレートを首からかけた若い男性と、白いレインコートのようなものをすっぽりと被り、頭髪が刈られた子供が立っていた。
その子供の大きく見開けそうな瞳の焦点はどこにもあっていないかのようで、生気を完全に失っている。
しかも、泣き続けていたのか、俺の場所からもその曇った目が充血している事が見て取れる。
今は抗えぬと悟った自分の運命を前に、成す術も無く今を生きている、そんな風である。
かわいそうに。とは思ったものの、俺はこの子を救い出すために来た訳ではない。
ここで何が行われているのか、過去にここで処分されたであろう宮島やよいのクローン達の情報は無いかを探るために来たのだ。
ここで、情を移してはいけないと、軽く首を振った。
どれくらい時間を稼ぐ必要があるのか分かっちゃいないが、とにかくできるかぎり時間を稼ぐしかない。
「では、調べさせていただきます」
俺は鞄の中に手を突っ込むと、用意してきた頭に被せて、脳波を調べる事ができるヘッドキャップを取り出した。
俺が立ち上がって、その子供に近寄って行く。
一瞬だけ、びくっとしたが、すぐに固まってしまって、何の反応も示さない。
こいつらは一体全体、こんな小さな子に何をしたんだ?
そう思いながら、その子の頭にヘッドキャップを被せると、コードを自分のPCにつないで、それらしいアプリを立ち上げた。
全ては今日のために、小早川さんに頼んで作ってもらったまがい物だ。
「えーと、質問に答えてもらっていいかな」
きっと、今のこの子にはそんな心の余裕などないはずだ。
ここで、時間を稼げれば、俺としてはラッキーだ。
俺の言葉がその子の頭の中に届いたものの返事を返す事ができないのか、全く俺の言葉が届かなかったのかは分からないが、その子は曇った目で黙ったまま何の反応も示さなかった。
「聞こえなかったのか!」
その子を連れて来た男が、威嚇気味に言った。
その言葉で、その子はびくっとしたかと思うと、半べそになって小さく震える声で、「はい」とだけ言った。
子供である事と刈られてしまって髪の毛がない事、無味な白い服を着せられていることで、その子の性別は全く分かっていなかったが、その声から言って、女の子の可能性が高そうだ。
「君はここに来る前に、何かのテストを受けたかな?」
「いいえ」
消え入りそうな声で、そう言った。
俺はその答えを反芻するかのような仕草で時間を稼ぎながら、パソコンを叩いて何かを調べているようなふりをした。
「では、問題を出すので、答えてほしい」
そう言って、質問を出す。
その質問に答えようとするその子の脳波の動きが、俺のパソコン画面に映し出された。
そこに意味など無いが、何か真剣に見ている風を俺は装っている。
俺が何度か質問を繰り返している内に、佳織が俺に向かって言った。
「そろそろ結論が出そうでしょうか?」
あくまでも、佳織が俺に今のその子に対する試験の結果が出そうかと言う質問にしか聞こえない。だが、俺には意味が分かっていた。
「うーん。そうだな」
そう言いながら、佳織のPCに目を向けた時、佳織のPCに映し出されている一つの映像にくぎ付けになった。その映像には、頭がい骨を割られ、むき出しになった脳にプローブを差し込まれた人々が映し出されていた。その異様な光景に、俺は言葉を失ってしまった。
ずらりと並んだ同じ顔。
クローンを使った人体実験である。
この子の頭髪が全て刈られているのは、頭がい骨を取り外すためだったんだ。
声を出して叫びたくなるのをじっとこらえ、生唾を飲み込んだ。




