潜入! 寺下産業
処分されてしまった自分と同じクローン達がどうなっているのかを知りたいと言う里保の気持ちに応えるため、佳織が立てた作戦はとんでもないものだった。
それは、里保、つまり宮島やよい5号を連れ去りに来た寺下産業に、身分を偽って潜入すると言うものだった。
佳織が仕入れた情報に従い、寺下産業に裏の物、つまり新たなクローンが納入された日、俺と佳織は学校をずる休みをした。
七三に髪を分け伊達メガネをかけて、都会のビジネス街を佳織と二人、スーツに身を包んで歩いている。
照りつける日差しと湿気を多く含んだ空気のせいで、スーツの中は蒸し暑くなっている。
おかげで、額から汗が筋を引いて頬を伝う。
すれ違うビジネスマンたちも暑さに耐えきれず、空を恨めしそうに見上げている。
時折、汗を拭いながら横を歩いている佳織に目を向ける。
髪の毛をふわふわと揺らし、表情も俺のように暑さで歪んでおらず、全く暑さのダメージを受けていない。羨ましいかぎりだ。
交差点の向こうに寺下産業の看板が見え始めた。
俺たちの調べでは、あの看板がかかっているビル全てがこの会社のもので、研究業務を請け負うのがメインの業務らしい。
特に電子産業系の研究が多いと言う事だった。
ビルの角に大きなガラスでできた自動ドアが設けられていた。
そこに近づくと、ガラスに俺たちの姿がかすかに映った。
何とか、ビジネスマンとビジネスウーマンで通せるだろう。ちょっと若いが。
そう思い、一歩を踏み出すと、ドアが開いた。
開いたドアの先には受付があって、この会社の制服らしきものを着た女性が座っていた。
俺たちが入ってきた事に気付いた女性が俺たちに視線を向けて、立ちあがった。
俺たちは軽く会釈をしながら、受付に向かって行った。
「私、東海化学精製所の平野と申します。
第2研究室の広中様をお願いしたいのですが」
「少々お待ちくださいませ」
そう言うと、その女性は電話をかけ始めた。
全く俺たちを疑ってはいないようだ。
女性は電話の相手に、何度か相槌を打った後、電話を切った。
俺たちににこりと微笑むと、左手を伸ばして、言った。
「あちらのソファでお待ちいただけますでしょうか。広中が参りますので」
「承知しました」
俺はそう言って、会釈して広いロビーの片隅に置かれたソファに向かって行った。
結構固いソファ。
その背後にはパーティションで仕切られた打ち合わせコーナーが用意されていて、さらにその奥には応接室が並んでいた。
パーティションの打ち合わせコーナーは完全な密閉空間ではないため、そこでの話し声が漏れ聞こえてきている。
「納期はいつになりますか?」
「今回の資料は後で、メールでいただけますか?」
耳を澄ましてみたが、間違ってもクローンとか言うような危ない言葉は聞こえてこない。ありきたりの商談の話だけだ。
「佳織、何か関係ありそうな事は聞こえてきていないか?」
俺は佳織にも聞いてみた。
だが、佳織は残念そうな表情で、首を横に振った後、俺に向かってにへらとした。
「セキュリティは甘かったのか?」
俺の想像は正しかったらしい。
佳織は嬉しそうに頷いた。
すでに、この会社の無線LANから社内のネットワークに侵入できたらしい。
とりあえず、何らかの成果はでそうだ。
そう感じた俺が一人頷いた時、エレベーターを降りて、受付に向かって行く一人の男の姿が目に入った。
「人事データと照合したから、間違いないよ。あれが広中」
佳織がそう言った時、受付の女性が、その男の人に俺たちの方を指し示した。
男の人が俺たちのところに向かってくる。
佳織が言ったとおり、この男が広中なんだろう。
俺たちに近づきながら、にこやかに軽く会釈をした。
俺たちもソファから立ち上がって、その男に向かい始めた。
「東海化学精製所の平野様ですね」
「はい。東海化学精製所の平野と申します」
「私が第2研究室の広中です。
どうぞ、こちらへ」
広中と言うネックプレートをぶら下げた男は、そう言って、俺たちの背後にある打ち合わせコーナーでも、応接室でもなく、自分がやってきたエレベーターの方を差した。
広中がエレベーターに向かい始めると、俺たちもその後に付き従った。
広中がボタンを押すとエレベーターが開いた。
広中がエレベーターのドアを開けたまま、俺たちをエレベーターの中に誘った。
さっきまでの空間とは違い、白い人工的な光に満たされた空間。
広中も乗り込むと、静かに上昇を始めた。
ほんの一瞬でエレベーターは停止し、俺たちを2階に運び上げた。
「どうぞ」
広中がそう言って、俺たちに降りるよう促した。
エレベータの前に広がる細い廊下。広中は俺たちを一つの部屋に先導して行った。
201応接室。
そう札が掲げられた部屋のドアを押し開いて、俺たちを中に招き入れた。
大きな木製のテーブル。壁に掲げられた油絵。部屋の片隅にはホワイトボードが置かれていた。
俺たちは鞄をテーブルに置くと、ポケットに手を入れて、用意しておいた名刺入れを取り出した。
「はじめまして。東海化学精製所の平野です」
偽名で作った名刺を両手で差し出す。
「はじめまして。寺下産業の広中です」
広中は俺との名刺交換を終えると、佳織と名刺交換をした。
そして、俺たちと向き合うように広中が椅子に座った。
「今日はお忙しいところ、すみません。
しかも、弊社側の手違いで、ご迷惑をおかけして」
そう言うと、俺は用件を話しはじめた。
そんな俺の横で、佳織はPCを立ち上げ、キーを叩き始めた。
「本日の午前にお渡ししましたあのサンプルなんですが、御社のご要望を満たした物ではない可能性がありまして」
佳織が東海化学精製所のメールサーバーから読み出した情報では、寺下産業は頭脳明晰な子供のクローンを要望してきていた。
俺たちはそのクローンが手違いで、スペック違いの可能性があるので、調べさせて欲しいと言う口実で、ここに来ていた。
俺の役割は目の前の広中と話を続け、時間を稼ぐこと。
横の佳織はPCで、議事録をとっているかの風を装いながら、この建物の中に張り巡らされている監視カメラシステムを乗っ取り、この会社の中で何が行われているのかを調べていた。
俺は作り話を繰り広げながら、時折佳織のPCに目を向け、進捗を確認した。
無線LANのセキュリティはさっき広中を待っている間に破っている。目の前のPCも、瞬く間に、この会社内のLANに接続している。
キーを叩く佳織の顔は真剣そのものだ。
だが、PCばかりに目を向けていては不自然だ。
時折、顔を上げて、広中に視線を向けて見たり、相槌を打ったりしている。
「少々お待ちください」
広中はそう言うと、ネックプレートと一緒に首から下げていたPHSを手に取って、電話を始めた。
「あ。広中だが、やはり今日届いたあれを連れてきてくれ」
PHSを切ると、俺に目を向けて、言葉を付けたした。
「今日、御社から受け取ったものをここに連れてきます」
俺としては、少々予想外だったが、それはどちらでもいい話である。
「では、それで確認させていただきます」
そう言って、佳織にも「な」、そんな雰囲気で視線を向けるふりをして、佳織のPCの画面に目を向けた。
すでに、そこにはいくつもの映像が映し出されていた。
どうやら、ここの監視カメラの映像を取り込むことにも成功したらしい。
アナログ的な信号を一本、一本システムにつないでいれば、できない事である。
社会のデジタル化は便利さと危うさの両方を兼ね備えている。
佳織が様々な場所の映像を確認して行く。
そんな中、小さなブロック状のブロックノイズのみで埋めつくされた映像があった。
符号化に仕掛けがある。
佳織の目が輝いた。




