里保の初登校
次の日の朝。
昨日まであった宮島やよい5号の机は取り除かれて、教室の後ろにぽつんと置かれていた。約1年前にも見た光景だ。
あの時、俺はこの光景を見て、初めて宮島やよい5号がいなくなった事を知った。
しかも、その事は一切触れられる事もなく、最初から存在そのものが無かったか、あるいは虫けらが一匹いなくなったか程度の扱いだった事にショックを受けた。
自分の分身とも言うべき5号が消え去った事を悲しみとしてではなく、ライバルがいなくなった吉事として、クローン少女たちは少しハイテンション気味だ。
「ついに、いなくなりましたわね」
「お父様やお母様のご意向に沿わない事をされるからですわ」
その顔に浮かんでいる喜びを見ていると、俺は腹立たしさを覚えてくる。
「さて、お父様やお母様を一番喜ばしてあげられるのは誰かな?」
田島も絶好調気味だ。
自分が宮島やよい5号と言う存在を消してしまったと言う罪悪感などなく、殺生与奪の権を持つ絶対権力者と言うかのような気分に酔いしれている。
奴が時折を俺をちら見しているのは、昨日も襲撃が失敗した事で、俺を意識しているのだろう。
一年ほど前の今日、俺はこいつの発言が許せなくて、殴り飛ばそうとして、やはり佳織に止められた。
だが、今日はそんな事はしない。
奴が俺をちら見するたびに、蔑みの笑みを送っている。
それだけで十分だ。
やがて、教室に静寂を連れて来るチャイムが鳴った。
生徒たちは自分の席に座り、じっと先生がやって来るのを待っている。
廊下の向こうから響いてくる人の足音。
教室と廊下の間を隔てているドアが開き始めると、みんなの視線が開いたドアの向こうの人物の姿に向かう。
担任の新谷先生だ。
いつもの姿にみんなの視線が、正面に向かい始めた時、その背後にいるもう一人の姿に気づき、視線がもう一度ドアに向かった。
女生徒。そう認識した後、生徒たちの目に驚きが浮かんだ。
カチューシャをしてはいないが、その少女は明らかに宮島やよいのクローン少女。
みんなの視線が一度、宮島やよい5号の机があった場所に向かった。
「どうした、当番」
教壇の上に立っても、号令がかからない事で、新谷先生が強い口調で言った。
「起立、礼」
「おはようございます」
さすがに教育の行き届いたこの学園の生たちの切り替えは早く、さっきまで教室の中を覆っていた驚きの雰囲気は消え去り、普段の声、普段の態度でお辞儀をすると着席し、正面を真剣な表情で見つめた。
「今日は転校生を紹介します。本当は昨日から来る事になっていたのですが、ご家庭の都合で本日になりました」
「転校生?」
「宮島やよいだろ?」
「新しいクローンなのでしょうか?」
一度静かになった教室だったが、先生の言葉に再び私語が飛び交い始めた。
「名前は上杉里保さんだ」
ざわつく教室の中、大きめの声で先生が言った。
その言葉は火に油を注ぐようなものだった。
「上杉里保だって?どう言う事だ?」
「先生、どう見ても宮島やよいさんじゃないですか」
止まりそうにない私語の中、里保が大きな声で言って、一礼した。
「上杉里保です。みなさん、よろしくお願いします」
「どう言う事ですの?
5号は処分されたとうかがいましたけど」
クローン少女たちが一番驚いているようだ。
田島も呆気にとられている。
俺が鼻で笑った時、天才少女 有栖川も目を見開いて里保を見ている事に気付いた。
あの少女でもあんなに驚くんだ。
「とにかくだ。この子は宮島やよいではなく、上杉里保だ。
席は島原の後ろだ。机をおけるように後ろにずれて」
その言葉に、俺は振り返って、早くずれろと手を振って合図した。
佳織は立ち上がって、教室の後ろに置かれていた宮島やよい5号の机を取りに向かった。
「先生、本当にその子には戸籍があって、上杉里保と言う人間なのですか」
俺たちの動きに注目が集まり、一瞬の静けさが戻りかけていた教室の中、有栖川の声がした。
有栖川は立って、真剣な表情で先生を見つめていた。
「もちろんじゃないか」
先生がそう言うと、有栖川のいつもりりしい目が虚ろになった気がした。
そして、脱力したかのように、自分の席に座り込んだ。
クローン嫌いな感じと言い、何かクローンとの因縁のようなものがあるのだろうか? 俺はそんな思いで、有栖川を見つめた。




