えへ。やっちゃうよ。
佳織に向かって、刃物を突きつけた事で、佳織は本気になるはずだ
そうなってしまっては、俺でも止める事はできない。
「えへ。やっちゃうよ」
俺の耳に佳織の声が響いた。
佳織の力を知らない奴らは、きっと何を言っているんだと思った事だろう。
だが、それが奴らの最後になる。
俺は思わず、目を閉じた。
俺の頭の中に、目の前で繰り広げられる惨劇のイメージが浮かぶ。
それを裏付けるかのような音が俺の耳を刺激した。
何かがぶつかりあうような鈍い音。
ほんの短い男の醜いうめき声。
何かが地面を滑っていく音。
それらが一瞬の内に、同時に聞こえてきた。
その音を口で再現しろと言われても、一人ではできないくらい音が重なっている。
それだけ、佳織の攻撃が速いと言う事だ。
すぐに静寂が訪れた。
俺には長く感じられた佳織と男たちの戦いの時間。
それは実際の時間にすれば、数秒だったはずだ。
「はぁ」
俺はため息をつきながら顔を上げ、目を開けた。
俺の想像どおり、男たちは地面の上でおねんねしていて、ぴくりとも動いちゃいない。
俺は背後で荒い息を感じた。振り返ると、目を見開き驚いた顔で、里保が激しく呼吸しながら、固まってしまっている。
あまりの出来事に里保が冷静さを失っているようだ。
まずいじゃないか。
しかもだ、こいつらは生きているのか? そこが一番問題だ。
「おい。まさかとは思うが、殺してはいないだろうな」
不安げに、だがストレートに聞いてみた。
「はぁ? 何言ってくれてんのよ。
私がそんなばかな真似すると思ってる訳?」
手加減したと言う事か。
それでも、これかよ。
こいつら、一瞬過ぎて何が起きたか分かってない可能性だってあるだろう。
いや、佳織がその前に不気味な言葉を発していた事を覚えていたら、それに一瞬だけとは言え、にへらと笑みを浮かべた佳織に攻撃される姿をその視界にとらえているかもしれない。
だとしたら、佳織に一瞬の内にやられたことくらい推測できるはずだ。
それが分かれば、奴らは佳織を二度と襲おうとは思わないだろう。
「あ、あ、あの」
里保が怯え気味に言った。
そうだった。今は里保にこの事をどう言って誤魔化すかを考えなければならない。
危なそうな男10人を瞬殺したんだ。
普通、瞬殺と言っても、男10人をほんの数秒で倒せる訳がない。
それをやってのけたんだから、佳織の能力に困惑するのは当然だし、誤魔化すのは大変かも知れない。
「あ、こいつ、護身術の達人なんだ」
俺はとりあえず、そう取り繕ってみた。
平然とした顔で、何でもない様な声音で。
不信を与えるような挙動では嘘をつけない。
「そ、そ、そうなんですか。すごいですね」
半信半疑なのか、信じたのかは分からないが、里保はそう言った。
「とにかくだ。踏まないようにして、ここを離れよう」
この話はもう触れたくない。
話題を切り替えるためと、男たちが倒れている現場を一刻も早く離れるため、俺は提案した。
里保は震えながら、小さく頷いた。
「そうね。それが賢明なんじゃないかしら」
って、おい。それをお前が言うなよ。佳織の言葉に、俺は思わず心の中で、そう思った。
狭い道を塞ぐように男たちが思い思いの格好で、横たわっている。
仰向けの者、横に向いている者。
腕や足も、思い思いの方向に伸びていて、邪魔でしかたない。
俺たちはそんな地面に転がる男たちを踏まないようにして、その場を離れて行った。




